妖精編

第50話

「ってか、ばーちゃん生きてたのかよおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 陽の沈んだニノリッチの町に、俺の絶叫が響く。

 店の裏庭で、全力でばーちゃんと叫んでいた。

 ご近所さん、本当にごめんなさい。


「っ!? ど、どうしたシロウ!」


 急に大きな声を出したもんだから、カレンさんがびっくりしてしまった。

 だが俺の気持ちは収まらない。


「生きてるなら生きてるって教えてくれよなぁ!! こっちはずっと死んだと思ってたんだからなぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~っ!!」


 肺の空気をすべて絶叫へと変換した俺は、その場にぺたりと座り込む。

 心地よい風が吹き抜け、頬を優しく撫でた。


「し、シロウ大丈夫か? 死んだと思っていたとはどういうことだ!?」


「……実はですね。俺、ずっとばーちゃんが死んだと思っていたんですよ。カレンさんに教えてもらう、いまのいままでは。それで……ちょっと閉じ込めていた感情が溢れて出てしまいました。こう、ちょろっとね」


「ふむ。差し支えなければ聞かせてもらえるか? 吐き出すことで気持の整理つくかもしれないぞ」


「お気遣いありがとうございます。じゃあ、少しだけ愚痴ってもいいですかね?」


「その程度、お安い御用だ。少しなどと言わずにいくらでも構わんよ」


「それじゃお言葉に甘えてっと。……あれは七年間のことです。突然ばーちゃんが――――……」


 七年前に、尼田家に起こった事情を説明する。

 ばーちゃんが前触れもなく行方不明になったこと。

 俺を含め、家族も親戚もご近所さんも、みんなばーちゃんが死んだと思っていたこと。

 残された家をどうするかでひと悶着あったこと。

 異世界から来たことだけは隠し、それ以外を存分に愚痴らせてもらった。


「……そうだったのか。不滅の魔女アリス――君のお祖母様は、なにも告げずに姿を消したのか」


「はい。それがカレンさんの話では生きてるって言うじゃないですか。だから驚いてしまって。それでついつい――」


「叫んでしまったわけだな?」


「仰るとおりです。近所迷惑だという自覚はあったんですけどね」


「亡くなっていたと思っていたお祖母様が生きていたのだ。感情が昂ぶるのも無理はない。それに……」


 カレンさんは、俺の手に握られた瓶ビールを一瞥し、


「酒も入っていることだしな」


 茶化すように笑った。


「変なとこ見せちゃいましたね」


「気にしなくていい。そもそもここで君が酒を飲んでいなければ、わたしもお祖母様の話もすることはなかっただろうし、なにより――」


 カレンさんは瓶ビールを口元に運び、ごくりと喉を鳴らす。


「こんなにも美味い酒のご相伴に預かれたのだ。今後は一人で飲まずにわたしも誘って欲しいぐらいだよ」


「いいんですか? お酒の入った俺、めんどくさくありません?」


「なに、君の新たな一面が見れて楽しかったよ」


「あははは。さっきのは酒の席ということで忘れてください」


「安心していい。他の者には話さないと約束しよう」


「忘れてはくれないんですね」


「君はなかなか隙きを見せてはくれないからな。これぐらいはいいだろう」


「俺なんか隙だらけですよ」


 肩をすくめる俺を見て、カレンさんがくすくすと笑う。

 つられて俺もあははと笑う。

 ひとしきり笑ったあと、


「でも……そうか。ばーちゃん生きてるのか。そうかぁ……生きてたかぁ」


 涙腺が緩むのがわかった。

 俺は慌ててカレンさんから顔を逸らす。

 たぶん気づいてるだろうけれど、カレンさんは知らないフリをしてくれた。


「……」


 ばーちゃんが生きていた。

 さて、この事実を知った俺はどうするべきだろうか?

 俺は自他共認めるおばあちゃん子だ。

 会えるものならもう一度……いや、一度と言わずに二度三度とばーちゃんに会いたい。


 会って、また昔みたいにアクション映画を一緒に観たい。

 しかしばーちゃんを探すとなると、ニノリッチから旅立たなくてはならない。

 町の外は危険がいっぱいだと言う。モンスターはもちろん、他にも野盗や山賊なんかも出ると言う。

 正直、一人でばーちゃんを捜すのは難しい。最低でも屈強な護衛を複数人雇わないといけないだろう。


「うーむ」


 腕を組み考える。

 異世界ルファルティオにおいて、土地勘ゼロの俺に果たしてばーちゃんを見つけることができるだろうか?


「うーーーむ」


 悩み続ける俺を見兼ねたらしい。

 カレンさんが俺の肩を叩いてきた。


「シロウ、お祖母様を捜しに行きたい気持ちはわかる。だが、もう少しニノリッチで待ってみてはどうだろうか?」


「待つ……ですか?」


「そうだ。君のお婆様は去年の収穫祭に現れたのだ。なら、今年の収穫祭にも現れるかもしれないだろう?」


「……ありそう、ですね。ばーちゃんは昔から賑やかなのが大好きでしたから。近所の祭りなんかにも、しょっちゅう俺や妹たちを連れ出してましたし」


 ばーちゃんはよく、「祭と聞くと江戸っ子の血が騒ぐのう」って言ってたもんな。うきうきわくわくしながら。

 本当は江戸っ子どころか異世界人だったみたいだけれど。


「だろう? 去年の収穫祭に現れた君のお婆様は、それはそれは楽しそうに踊っていたよ。だからなシロウ。きっと今年の収穫祭にも君のお婆様は遊びに来ると思うのだ」


 ばーちゃんが躍ってる姿と言われても、盆踊りぐらいしかし想像できない。

 近所の祭りじゃ、キレッキレの盆踊りを披露してどよめきが起きていたっけ。


「ニノリッチの収穫祭までは、あとふた月ほどだ」


 カレンさんが指を二本立てる。 


「今年はこのニノリッチが出来て一二〇周年の節目でもある。市場にはいつも以上に露店が増え、街の広場にはいくつも屋台が並ぶことだろう。ニノリッチから他の町や都市に移住していった者たちも、この日ばかりは新しくできた家族を連れて遊びに来るのだよ」


「里帰りってわけですか」


「そうなるな」


 日本でも、地元のお祭に合わせて帰省する人とかいるもんね。


「それに去年の収穫祭に君のお祖母様――不滅の魔女アリスが現れた噂を聞きつけたからだろう。実はいくつか問い合わせが来ていてな。まあ、ほとんどは魔女アリスが来るのかという問い合わせだったが、なかには町に宿があるかというものもあった」


「おっと、それはつまり……ニノリッチに観光客が来るかもしれない、ということですか?」


「さすが商人。察しがいいな。その通りだ」


 お酒の影響で、ほんのりと頬を赤くしたカレンさんが頷く。


「今年の収穫祭は町に縁のない者――観光客も数多く訪れるかもしれない。事実、収穫祭の日に合わせ、近隣の町から乗合馬車がニノリッチまで出るそうだ。町長わたしの立場としては、嫌でもいままでにない規模での開催を強いられることになってしまったよ」


 やれやれと首を振るカレンさん。

 けれど言葉に反してその顔は嬉しそうだった。

 それも当然。観光客が訪れるということは、それだけ町に落ちるおカネが増えるということ。住民の収入が増えれば、町の税収も増える。

 町長として喜ばしい限りなんだろう。


「今年は『妖精の祝福』に所属する冒険者たちもいますからねー。きっと楽しいお祭になると思いますよ」


「だといいがな」


「なりますよ。そして住民と冒険者の距離も縮まります」


「フフッ。不思議だな。君が言うと、なぜだかそんな気がしてきたよ」


 この国最大の冒険者ギルド、妖精の祝福。

 その支部がニノリッチに置かれたことで、町には多くの冒険者たちが移住してきた。


 でも急に増えすぎたものだから、住民との間に距離が生まれていたのだ。

 冒険者はいわば荒事のエキスパート。

 俺は商売ということもあって慣れたけれど、住民の立場からすれば未だ近寄りがたい存在なのかもしれないな。


「私の先祖がこの地に村を作り、今年で一二〇年。その一二〇年の歴史でニノリッチは村から町へと発展した。わたしも先祖に負けてはいられない。今年の収穫祭を機に、ニノリッチをより大きくしてみせるつもりだ」


「その意気です。微力ながら俺もお手伝いさせてもらいますよ」


「いいのか?」


「お祭り好きは、ばーちゃんだけじゃありませんからね」


「……では、その、収穫祭まではこの町にいてくれると受け取っていいのだろうか?」


 カレンさんが確かめるように訊いてくる。

 俺は「ええ」と答え、頷いた。


「ばーちゃんが遊びに来そうですからねー」


「っ……。あ、ああ! きっと君のお祖母様は現れるさ! も、もし現れなくとも、捜すのはそれからでも遅くないと思うぞ!」


 一息にそう言ったあと、カレンさんは困ったように微笑む。


「それと……君が町からいなくなるのは寂しい。もし町を出るとしても、出る前に声をかけてくれよ?」


「そのときは挨拶に伺いますよ。どこかのばーちゃんみたく、なにも言わずにいなくならないので安心してください」


「約束だからな」


「はい」


「よ、よし。約束もしたことだし、君とは今後も収穫祭について話し合わねばならないな」


「ですね。俺、お祭りには熱いこだわりがある男なんで、ニノリッチの収穫祭を盛り上げるためなら協力は惜しみませんよ」


「わたしも君も昼間は仕事がある。となると話し合いはいまのように夜だけとなるが、構わないか?」


 カレンさんが訊いてくる。

 俺は新しい瓶ビールを渡してから答えた。


「コイツをキンキンに冷やして持ってますよ!」


「嬉しいお誘いだが、収穫祭に向けた話し合いは酒抜きだからな」


「あ……ですよね」


 カレンさんがきりっとした顔で言う。

 仕事とプライベートはきっちりと分けるみたいだ。残念。


「わかりました。代わりにお茶を用意しておきます」


「そうしてもらえると助かる。だがいまは、素直にコレをいただくこととしよう」


 カレンさんはそう言うと、瓶ビールを軽く振る。


「収穫祭、盛り上げましょうね!」


「ああ!」


 俺とカレンさんは瓶ビールをカツンとぶつけ、収穫祭を盛り上げることを誓い合うのだった。



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