第49話

 そして一ヵ月が経ち、ついにその日がやってきた。

 アイナちゃんが町外れに住んでいることを知った俺は、店を閉めた後アイナちゃんを家まで送るのが日課となっていた。


 夕方の鐘が鳴り、店を閉め、アイナちゃんを家まで送る。

 アイナちゃんが「ただいまー」と笑顔で家の扉を開けると、そこには――

 

「お帰りなさい、アイナ」


 ステラさんが立っていた。

 自分の足で、誰の支えも借りずに、一人で立っていたのだ。

 まだちょっとフラフラしているけど、それはきっと寝たきりで筋力が落ちてしまったからだろう。


「おかーさん……」

「うふふ。見てアイナ、お母さんもう立てるようになったのよ。すごいでしょ?」


 ステラさんが得意げに微笑んでみせる。

 対して、アイナちゃんはというと……。


「あ、ぅ……おかーさん……もう、立て……るの?」

「そうよ。立てるわ。もう少しで歩くことだってできそうよ。これも全部シロウさんのおかげね」


 アイナちゃんはくしゃりと顔を歪め、顔を伏せる。

 その小さな背中は震えていた。


「……おかーさん、もう……元気になった……?」

「ええ。元気過ぎて困っちゃうぐらい」

「じゃあ……むかしみたいに……またアイナとねてくれる?」


 アイナちゃんの足元に、ぽたぽたと雫が落ちていく。

 俺はそんなアイナちゃんの背中をさすろうとして――ぐっと堪える。

 うん。そうだよな。


 これ・・は俺の役目じゃないもんな。

 そう思った俺はステラさんの隣に行き、そっと耳打ちする。


「ステラさん、アイナちゃんを安心させてあげてください」

「もちろんです」


 ステラさんは小声でそう返すと、俺の手を借りてアイナちゃんの傍へ。

 アイナちゃんは涙を流している。

 ずっと不安に押しつぶされそうだったアイナちゃん。

 そんなアイナちゃんの涙を止めてやれるのは、母親であるステラさんしかいない。


「アイナ、これからは毎日一緒に寝ましょうね」


 ステラさんがアイナちゃんを優しく抱きしめ、


「ぅあ……おかーさん……おかあさぁんっ!!」


 アイナちゃんは泣きじゃくった。

 俺の知ってる賢くて頑張り屋さんなアイナちゃんからは想像できないぐらい、それはもう子供らしく泣きじゃくった。

 そこには、母親に甘える八歳の女の子がいたのだ。


「ずっと心配させてごめんね。これからも――」


 ステラさんも目に涙を浮かべ、続ける。


「一緒に生きていきましょうね」


 俺はそっと扉を閉め、一人外に出る。

 沈みかかった夕日が辺りを茜色に染め上げ、とてもきれいだった。


「ば-ちゃん、いまなら俺、胸張ってこう言えるよ。『人助けできた』ってさ」

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