第43話

「……シロウお兄ちゃん、こっち」


 いま俺たちは、アイナちゃんの家へと向かっていた。

 メンバーはアイナちゃんを先頭に、俺とカレンさんとロルフさんの四人。

 森に近い町外れ。

 そこに、崩れかかった一軒の家があった。


「……」


 俺はあたりを見回す。

 近くに人が住んでいる気配はない。


「カレンさん、ここって……?」


 隣を歩いているカレンさんの耳元に、そっと声をかける。

 俺が何を訊きたいのか、すぐにわかったんだろう。

 カレンさんは辛そうな表情を浮かべ、語りはじめた。


「生き腐れ病と知られては、町から追い出されると思ったのだろうな。母と二人、町の者たちに気づかれぬようここで暮らしているのだろう」

「そんな…」

「町長として不甲斐ないばかりだよ」


 カレンさんの話によると、生き腐れ病になった人は町の住人たちから疎まれ、忌避される。

 こんな町外れの傾いた家に住んでいるのだって、ここ以外に行き場がないからだろう。


 心情的にはぜんぜん納得できないけど、理解はできる。

 もし病気が人に移る伝染病のようなものだった場合、近づくことはリスクでしかないからだ。


「アイナちゃんは、こんな町外れから店までやってきてくれていたのか……」


 俺がそう呟いたタイミングで、


「ここだよ。ここがアイナのおうち」


 アイナちゃんの家の前へと着いた。

 少し傾いているアイナちゃんのお家は、二人で住むにはずいぶんと小さく感じる。

 家の隣には小さな畑があって、ナスに似た野菜がちょっとだけ生っていた。


「これね、ナシュってやさいだよ」


 俺の視線に気づいたのか、アイナちゃんが『ナシュ』を手に取って教えてくれた。


「スープにしておかーさんと食べてるんだ」

「……そっか。アイナちゃんが作ってるの?」

「うん。シロウお兄ちゃんもたべる? アイナつくってあげるよ」

「えー。いいよー」

「ううん。おかーさんのごはんも作らなきゃだし、たべてって。カレンお姉ちゃんも、ロルフお兄ちゃんも」


 アイナちゃんはそう言うと、ナシュを二つばかりもぎり取る。

 ナシュを両手で抱え、深呼吸を一回、二回。


「すーはー……すーはー……」


 そして笑顔を浮かべ、


「おかーさーん、ただいまー!」


 アイナちゃんは元気よく家の扉を開けた。

 俺はその小さな後ろ姿を見て、胸がチクリと痛んだ。

 最初の深呼吸は、哀しい気持ちを落ち着かせるためのもの。

 無理やり作った笑顔は……お母さんを安心させるためのもの。

 アイナちゃん、君って子は……。


「おかーさん、今日はね、お客さんがいるんだよ!」

「……まあ、珍しいこともあるのね」


 アイナちゃんとは違う女性の声が聞こえてきた。

 なんだか、とても優しい声音だった。


「おかーさんにしょーかいするね。シロウお兄ちゃん、はいってはいって!」


 笑顔を浮かべるアイナちゃんが、俺を手招きしてくる。

 なら――。


 俺は両手で自分の頬を挟むようにひっぱたく。

 おし。気合が入ったぞ。

 アイナちゃんに負けないぐらいの笑顔を作ってやる。


「はじめましてお母さん。アイナちゃんに店を手伝ってもらっている者で、士郎・尼田といいます」


 笑顔でアイナちゃんの家へと入る。

 まるで飛び込みの営業だ。


「そう。あなたが……」


 そこには、ベッドで横になっている女性がいた。


「はじめまして。アイナの母でステラと申します」


 アイナちゃんによく似たキレイな女性は、弱々しいながらも暖かな笑みを俺に向けるのだった。

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