第44話

 アイナちゃんのお母さん――ステラさんは、俺を見てニコニコと微笑んでいる。

 親子だけあって瞳の色がそっくりだ。

 アイナちゃんのオッドアイは、ステラさんからの遺伝だったんだな。


「急に押しかけちゃってすみません。アイナちゃんにお店を手伝ってもらっているから、ずっとご挨拶に行かなきゃとは思ってたんですけど……」

「うふふ。いいんですよ。こうして会えたんですから。アイナがいつもお世話になっています」


「いえいえ、むしろお世話になってるのは俺の方ですよ。アイナちゃんがいなかったら店が回りませんからね」

「まあ。がんばってるのねアイナ」


「うん。アイナね、シロウお兄ちゃんのお店でがんばってるの。おそーじしたりね、しょーひんをお客さんにわたしたりしてるんだよ」

「そう。偉いわ」


 褒められたのが嬉しかったんだろうな。

 アイナちゃんは「えへへ」と照れ笑い。

 近くにあるテーブルにナシュを置き、俺の足に抱き着いてきた。


「アイナね、シロウお兄ちゃんのお店ではたらくの、とってもとってもたのしいのっ」

「最近毎日笑っているものね。アイナが楽しそうで、お母さんも嬉しいわ」

「ホント? おかーさんもうれしい?」

「本当よ。とっても嬉しいの」

「やったー!」


 アイナちゃんがぴょんぴょこ跳び回る。

 着地のたびに床がミシミシと悲鳴を上げていた。


「シロウさん……と呼んでもいいかしら?」


 ステラさんが訊いてくる。


「構いませんよ。なんならシロウでも」

「じゃあ、シロウさんで。シロウさん、ごめんなさいね。こんなはしたない格好で出迎えてしまって」


 ステラさんは視線を落とし、寝間着姿の自分を見て恥ずかしそうにする。


「困ったことに、最近立つことも難しくなってしまって……ぅんしょ」


 ステラさんが体を起こそうとする。

 俺は慌てて手をぶんぶんと振った。


「あーあー! ムリに起きなくていいです。寝ててくださいっ」

「でもお客さまの前なのに……」

「おかーさん、寝てないとメッ、だよ!」


 アイナちゃんがプクーとほっぺを膨らませる。

 怒ってるアピールだ。


「ホント俺たちのことは気にしないでください。逆にムリされたら居心地が悪いですって」

「うむ。シロウの言う通りだ。起き上がらず楽にして欲しい」


 会話が一段落するのを待っていたカレンさんが、満を持して登場。

 少し遅れてロルフさんも入ってくる。


「アイナ、こちらの方はひょっとして……」

「町長だよ」

「あらまあ」


 驚いた顔をするステラさん。

 自分たちの町のトップがいきなり家に来たら、そりゃ驚いちゃうよね。


「どうして町長さんがうちに?」

「わたしが頼んだのだ。アイナに家まで連れて行って欲しいと」

「?」


 きょとんとするステラさんに、


「町長殿は、アイナ嬢から母君がご病気と聞きお見舞いにやってきたのです」


 ロルフさんが説明をした。

 ステラさんは合点がいったとばかりに頷く。


「そうだったんですか。わざわざすみません」

「いや、謝るのはこちらの方だ。町長でありながら病に伏す住民を救えずにいる。本当に……すまない」


 カレンさんが頭を下げる。

 悔しさからか、手を力一杯握りしめていた。


「そんな、顔を上げてください。わたしは町長さんに感謝しているんですよ。他所からきたのに受け入れてもらって」

「……そうか」

「そうですよ。だからそんな顔したらメッ、ですよ」

「っ……。そうか。わかった」


 カレンさんが表情を引き締める。

 クールビューティーモードだ。


「それにしても……アイナはいつの間にか町長さんと仲良くなっていたのね。お母さん、知らなかったわ」

「えへへ。おどろいた?」

「ええ。とても驚いたわ」


「アイナね、おともだちいっぱいできたんだよ。シロウお兄ちゃんでしょ、町長でしょ、あとこっちのロルフお兄ちゃん」

「はじめましてステラ殿。天空神フロリーネに仕える神官で、ロルフと申します」


「はじめましてロルフさん。娘がお世話になっています」

「あとねあとね、ここにはいないんだけどね、ライヤーお兄ちゃんとネスカお姉ちゃんと、キルファお姉ちゃんもおともだちなの! みんな『すごうでのぼーけんしゃ』なんだよ。すごいでしょ?」


 アイナちゃんは宝物を自慢するかのように、俺たちを紹介していく。

 ステラさんは嬉しそうに、本当に嬉しそうに微笑んだ。


「お友だちがたくさんいて、アイナは幸せ者ね」

「うん!」


 元気よく頷くアイナちゃん。

 そして、たたたとベッドのそばへ行き、ステラさんの手を握る。


「アイナね、『しあわせもの』なの!」

「そう。良かったわ」


「おかーさんごはん食べた? アイナね、シロウお兄ちゃんたちにナシュのスープつくるの」

「ごめんねアイナ。本当ならお母さんが作らないといけないのに……」


「ううん。アイナおりょーりするの好きだからへーきだよ」

「ありがとう。じゃあ頼んじゃおうかしら? 実はお母さん、お腹がペコペコなの」


「お腹ペコペコ? アイナがごはんつくったら食べてくれる?」

「もちろんよ。早く食べたいわ」

「うん! アイナにまかせて。すぐつくるから!」


 アイナちゃんは一度奥への部屋へと入り、桶を持って戻ってくる。


「川でお水をくんでくるねー」

「アイナ嬢、私もお手伝いしますよ」

「ありがとロルフお兄ちゃん」


 アイナちゃんとロルフさんが、水を汲みに外へと出ていく。

 そんな二人を見送った後、ステラさんはカレンさんへ顔を向け、


「町長さん、すみませんが少しだけ席を外していただけないでしょうか? シロウさんと二人きりで話したいことがありまして……」


 と言った。


「わかった。しばし外に出ていよう。シロウ、わたしは外で待っているから、話が終わったら声をかけてくれ」

「わかりました」


 カレンさんも外へと出ていく。

 これで部屋には、俺とステラさんだけとなった。

 二人きりで話したいってことは、当然アイナちゃんのことについてだよな。

 雇用形態について訊きたいのかな?


「それで、俺に話ってなんでしょう?」

「実は……シロウさんにアイナのことをお願いしたくて」

「お願い……ですか?」


 そう訊き返すと、ステラさんは真剣な顔でこう言ってきた。


「はい。わたしが死んだあと、アイナの面倒をみてはもらえないでしょうか?」

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