第42話

「そうなんだ……アイナちゃんのお母さんが」


 アイナちゃんは泣きながら話してくれた。

 お母さんが病気になったこと。

 冒険者からお給金をはたいてポーションを買ったこと。


 それでも病気が治らなかったこと。

 お母さんを大きな街へ連れて行って治療したいこと。

 そのためにはおカネが必要なこと。

 嗚咽交じりに、何度もしゃくりあげながら話してくれた。


「ぅう……ヒック……えぐぅ……ごめんなさい……シロウおひいちゃんごめんなさぃ……」


 アイナちゃんは泣きながら、ずっと謝っている。

 一方で一緒に話を聞いたライヤーさんは、


「チッ、いったいどこのどいつだ! ちっこい嬢ちゃんにポーションを売ったバカ野郎はっ」


 何故かブチ切れていた。

 隣に立つロルフさんも、口にこそ出さないものの怒っているご様子。


「嬢ちゃん、嬢ちゃんにポーションを売った冒険者が、どんなヤツだったか憶えてるか?」


 ライヤーさんの問いに、アイナちゃんは首を振る。


「……そっか。もし見つけたらオレに教えてくれ。一発……足りねぇな。百発ぶん殴ってやるからよ」


 そんなライヤーさんの言葉が不思議だったんだろう。

 アイナちゃんがきょとんとした顔をする。

 答えたのは、ロルフさん。


「アイナ嬢、申し上げ難いのですが、アイナ嬢が譲ってもらったポーションに病を治す効力はないのです」

「…‥え?」


 アイナちゃんが目を大きくした。


「ヒールポーションは外傷を癒す効果しかありません。他にも毒を打ち消すキュアポーションなどもありますが、全てのポーションに共通していることは、ただ一つ。それは、病を治すポーションなど存在しないということです」

「じゃあ……アイナがかったポーションは……? ぼーけんしゃのひと、おかーさんの病気がなおるって――これのめばだいじょうぶだって……いってたんだよ?」

「同じ冒険者として非常に心苦しいのですが……アイナ嬢はポーションを売った冒険者に騙されてしまったのです」


 自分が悪いわけでもないのに、ロルフさんは「申し訳ありません」と謝った。

 なるほど。その冒険者は子供のアイナちゃんを騙しポーションを売りつけた。それでライヤーさんが怒っているわけか。


「……そっか。アイナ……だまされちゃったんだ」


 アイナちゃんが呆然とした顔をする。


「そっか……そぅ…………うぅぅ……」


 こんどは悔しさからだろう。

 アイナちゃんがポロポロと涙を流す。

 俺はアイナちゃんの背をさすりながら、「大丈夫だよ」と言い続けた。

 しっかし……ロルフさんの話を聞く限り、これは買ったポーションが本物のポーションだったかも怪しいぞ。


 チラリとみんなの顔を見る。

 口には出さないけれど、俺と同じことを考えているようだった。


「ちっくしょうがっ!」


 ライヤーさんが近くにあったイスを蹴りつける。

 怒りのやり場を探した結果だろう。

 冒険者の蹴りは破壊力抜群。

 俺がちょっとだけ気に入っていた椅子は、あっさりと壊されてしまった。


「ロルフ、オレはそのクソ野郎を探してくる! 後のことは任せたぞ」

「承知しました」


 ライヤーさんは怒りの雄叫びを上げながら出て行った。

 俺は、『クソ野郎』が見つかればいいなと思う気持ちが半分、事件・・にならないよう見つからない方がいいなと思う気持ちが半分で、その逞しい背中を見送るのだった。


「人探しはライヤーさんに任せて、俺はアイナちゃんのお母さんのところへ行こうと思うんですけど……お二人はどうします?」


 俺の言葉に、ロルフさんとカレンさんは視線を交わし頷き合う。


「無論、私も同行しましょう。ライヤー殿に頼まれましたし、何より迷える者を救うのは神に仕える者の務めですからね」


 とロルフさん。

 カレンさんも当然だという顔で口を開く。


「町の住民を救うのは町長として当然だ。シロウ、わたしも行くぞ。だがその前に……」


 カレンさんがアイナちゃんに顔を向け、続ける。


「アイナ、お前の母親がかかった病は、ひょっとして『生き腐れ病』か?」


 アイナちゃんの体がびくりと震える。

 そしてカレンさんを見つめ返し、


「……うん。おかーさんのびょーきはいきくされびょうだって、薬師のおじちゃんが言ってた」

「やはり、そうだったか……」


 カレンさんが肩を落とす。


「なんと、母君が生き腐れ病に……」


 ロルフさんの表情も暗い。

 二人の顔を見るだけで、『生き腐れ病』なるものがかなり厄介なのがわかった。


「ロルフさん、ちょっとこっちへ来てください」

「わかりました」


 俺はロルフさんを店の二階へと連れていく。


「ズバリ教えてください。『生き腐れ病』って、どんな病気なんですか?」


 念のためアイナちゃんに聞こえないよう、小声で質問する。

 俺の意図を察してくれたんだろう。

 ロルフさんは小声で説明してくれた。


「生き腐れ病とは、四肢がまるで腐ってしまったかのように力が入らなくなる病です。学者のなかには伝染病と唱える者もいるそうですが、未だに原因はわかっておりません。そして」


 俺を真っすぐに見つめるロルフさんは、沈痛な面持ちでこう言ってきた。


「病にかかったほとんどの者が死に至ります」

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