第41話

 アイナちゃんの口から飛び出してきた、「おカネを貸してください」との言葉。

 この発言に俺は目をぱちくり。

 対して、アイナちゃんは決壊寸前まで涙を溜めながら、俺をまっすぐに見つめている。


 体が震えているのは、たぶん俺に嫌われるのが怖いからだろう。

 けれどもアイナちゃんは、ありったけの勇気を振り絞り、嫌われることを覚悟の上で言ってきたのだ。


 まだ短い付き合いだけど、それぐらいはわかる。

 だって俺が店にいるとき、その隣には必ずと言っていいほどアイナちゃんがいたんだからね。


「……」


 アイナちゃんはじっと俺を見つめている。

 俺の答えを待っているのだ。

 なんて返せばいいのか迷っちゃうぞこれは。


「えーっと……」


 俺の言葉に、アイナちゃんがビクッっとした。

 拍子で溜っていた涙がついに決壊。


 涙がポロポロとほっぺを伝い落ちていく。

 不可抗力とはいえ、アイナちゃんみたいな小さい子を泣かしてしまった。

 ヤバイ。早く何か言ってあげないと。


「お、おカネを入り用なんだよね? いくら必要なのかな?」


 って、なんとか返したら、


「……ぅ……ごめんな……さぃ。アイナ……っんく、シロウおひぃちゃんに……め、めーわく、かけっ――かけたくないのにぃ……ひっく……ごめんな……んく……さぃ」


 ついに嗚咽混じりに泣き出してしまった。

 それはもう、顔を両手で覆いわんわんと。


「だ、大丈夫だよ。大丈夫だから。ね? いったん落ち着こう。さ、ここに座って」


 泣きじゃくるアイナちゃんの手を引き、椅子へと座らせる。

 そして泣き止むようにと、優しく背中をさすった。


「ひぅっく……ぁぅ……んっく……」

「大丈夫。大丈夫だからね」

「シロウ……おひぃちゃんに……アイナ、シロウおひぃちゃんに――」

「いいんだよ。俺のことは気にしなくて。それよりよく頑張ったね。いっぱいいっぱい勇気が必要だったよね。偉いよ。本当に偉い」


 アイナちゃんが、おカネを貸してくださいと言ってきたわけ。

 そんなのすぐに思いつく。


 アイナちゃんは母親想いだ。

 それは出会ったときから知っている。

 だからこそ、アイナちゃんがおカネを必要とする理由なんて、一つしかないのだ。


「アイナちゃん、お母さんになにかあったの?」

「っ!?」


 瞬間、アイナちゃんの目が大きく開かれた。

 図星を突かれたって顔だ。

 でもすぐに涙が浮かび、再び泣き出してしまう。

 やっぱり正解だったか。


「アイナちゃん、俺に出来ることなら何でもするから、話してくれるかな?」

「………………ん」


 何度も何度もしゃくり上げたアイナちゃんが、やっと小さく頷いたときのことだった。


「ようあんちゃんっ! 店が終わったんなら一緒に飯でも食いに行か――」


 突然店の扉が開かれ、ライヤーさんがやってきた。


「――ねえかって……悪ぃ。取り込み中だったみたいだな」


 ライヤーさんは、ばつが悪そうに頭をポリポリ。

 後ろには武闘神官ロルフさんの姿もある。

 二人は顔を見合わせると、やっちまったみたいな表情を浮かべた。


「ライヤーさん……」

「ホントすまねぇ! 店が閉まってるのに灯りが点いてたからよ、俺はてっきりあんちゃんが――」


 そうライヤーさんが話している最中、


「シロウ! 町の開発にお前の意見を聞きに――」


 なんということでしょう。

 今度はカレンさんがやってきたじゃありませんか。

 なんだこれ?

 事件が渋滞しているぞ。


「――きたんだが……どうやら後日にしたほうが良さそうだな」


 カレンさんは泣いているアイナちゃんを見て、次に俺を見て、最後にライヤーさんたちに視線を向ける。


「ふむ。アイナになにかあったのか?」

「さあな。おれたちもいま来たところだ。なあロルフ?」

「ライヤー殿の言う通りです。私たちはシロウ殿を夕食に誘おうとやってきたのですが、店に入るとアイナ嬢が泣いていまして」

「あんちゃん、ちっこい嬢ちゃんアイナになんかあったのか?」

「今からそれを訊こうとしていたところです」

「そ、そうか。変なタイミングできちまって悪かったな。出直した方がいいか?」

「アイナちゃん、ライヤーさんがこう言ってるけど、どうしたい? 一度出てもらおうか?」


 優しく訊くと、アイナちゃんは首をぶんぶん。


「だぃ……じょぶ。カレンおねぇちゃん……も、おにぃちゃん……たちも、いて……だいじょぶ」

「うん。わかった」


 俺はアイナちゃんの頭を撫でたあと、後ろを振り返る。


「だ、そーです。もしよければ一緒に話を聞いて、アドバイス助言してもらえますか?」

「お、おう! 任せろ! そーゆーのはロルフが得意なんだ。ロルフ、頼んだぜ」

「道に迷える者を導くのも神官の務め。適切な助言を出来ると約束は出来ませんが、遠慮無く仰ってください」

「わたしも町長として住民の助けになりたい。アイナ、何か悩みがあるのなら話してくれ」

「ほらアイナちゃん、みんなこう言ってくれてるよ。もちろん俺もアイナちゃんの力になりたい。俺、一生懸命アイナちゃんの話を聞くよ。だから話してごらん」

「……ん」


 服の袖でゴシゴシと涙を拭ったアイナちゃん。

 胸に手を当てて、すーはーすーはーと呼吸を整える。


「あの……ね。アイナの……おかーさんがね」


 アイナちゃんが俺の手を握ってくる。

 俺も手を握り返す。

 アイナちゃんは震える声で、ずっと抱えていたモノを吐き出した。


「お、おかーさんがね……びょーき病気なの」

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