第39話

「では話を聞かせて貰えるだろうか」


 執務室のソファに座るやいなや、カレンさんが切り出す。

 位置取りとしては、俺がカレンさんと並んで座り、テーブルを挟んだ対面のソファにネイさんが座っている形だ。


「はい。では当ギルドがなぜこの町に支部を置きたがっているのか、まずはその理由からご説明させていただきますわ」


 ネイさんはそう切り出してから、説明をはじめた。


「ニノリッチの東に広がる大森林には、希少な薬草の他にも多くのモンスターが生息していることはもちろんとして――――……」


 ネイさんの説明は、俺もカレンさんも既に知っているものだった。


 曰く、王都で人気のモンスターがいる。


 曰く、希少な薬草を薬師や錬金術師が高値で買う。


 しかし次に続く言葉は、俺もカレンさんも知らないものだった。


「先日、ギルドに所属する冒険者パーティが、ダンジョンから古代魔法文明時代とおぼしき大陸の地図を発見しましたの」

「ほう。地図か」

「はい。地図ですわ。いままで大陸を描いた地図は一度たりとも発見されておりませんでした。それ故ギルドでは、『世紀の大発見』とまで言われているほどですの。ですが、重要なのはここからですわ」


 興奮したような顔でネイさんはテーブルをバンと叩き、身を乗り出してくる。


「その地図には大陸の東、つまりここニノリッチの東に広がる大森林に古代魔法文明時代の王国や迷宮、神殿などが多数存在していたことがわかったんですの!」

「な、なんだとっ!? 本当かっ?」


 カレンさんがガタッと立ち上がる。

 体がガクガク震えているのは興奮しているからか。


「本当ですわ。『迷宮の略奪者』がここに支部を置きたがっていましたのも、この情報を知り、古代魔法文明の遺跡を独占しようとしてのことでしょう。尤も、いつものように無理を通そうとして、町長様に断られたようですが。うふふ、お馬鹿さんたちですわよね」


 ネイさんがクスクスと笑う。


「わたくしたち『銀月の使徒』は、ギルドの総力をあげて東の大森林の攻略に当たることにしましたの。それも、一刻も早く。それで支部に置くにふさわしい町、もしくは村を探していたのですが……わたくしはこのニノリッチこそが、攻略の拠点としてふさわしい町と判断いたしましたの」

「へええ。なんでまた?」

「理由のひとつは銀月の存在ですわ。この町にしかない冒険者ギルドですから、交渉し支部になっていただければ、新たにギルドホームを建てる必要がなくなり、その時間を攻略に充てることができますわ」

「ふむ。確かにそうだな」


 カレンさんが頷く。


「そしてもう一つの理由が――」


 そこで一度区切ったネイさんは、俺に視線を移す。


「ニノリッチにある『シロウの店』の存在ですの。貴方のお店に並ぶアイテムはどれも素晴らしいですわ。ギルドに所属する冒険者たちの助けになってくれると確信いたしましたの」

「なるほど。シロウの存在が決め手だったか。では使者殿が先ほどシロウに『協力』と言っていたのはどういう意味なのかを教えてもらえるだろうか?」

「簡単な話ですわ。ギルド内に支店を置いてもらいたいんですの。お願い出来ませんかしら?」


 またマッチの販売権かなと身構えていたら、まさかの出店オファー。


「もちろん今すぐお返事を頂きたいとは思っておりませんわ。この町に支部を置かせてもらえたらの話ですもの。どうかご検討のほどよろしくお願いいたしますわ」


 そう言ってネイさんは俺に頭を下げてきた。

 高圧的だったガブスさんとは、エライ違いだ。ギルドが違うと、使者の人柄もここまで差が出るものなんだな。


「町長様、どうか支部を置かせてはいただけないかしら?」

「そういう理由であればこちらから頼みたいぐらいだ。しかし……支部を置くに当たってどのような条件をわたしの町に要求するつもりだ?」

「要求……と申しますと?」

「使者殿の前に、『迷宮の略奪者』の者がきていてな。税の免除と支部の建築費用、それに――」

「ウチの店にあるマッチの優先販売権をよこせ、って言ってきたんですよ」


 俺とカレンさんの話を聞き、ネイさんは信じられないとばかりに口をあんぐり開ける。


「そんな要求を……したのですか? 支部を置かせていただく立場なのに?」

「すっごい厚かましかったですよ。町にいる冒険者を馬鹿にしたり、俺をマヌケ呼ばわりしたりね」

「あとわたしの胸を触ったりな」

「そんなことが……。ご安心くださいな。先ほど銀月の了承は得ましたので支部を建てる必要はありませんし、税も規定通りお支払いしますわ。そちらに頼みたいことは、冒険者達が寝泊まりする宿舎建築の際の人手――もちろんお給金はお支払いいたします。建築の際の人手と、宿舎を置く土地の確保ぐらいですわ。いかがかしら?」


 ネイさんの言葉を聞き、カレンさんが大きく頷く。

 そして右手を伸ばし握手を求めた。


「是非お願いしたい」

「ご了承、感謝いたしますわ」


 固い握手を交わすカレンさんとネイさん。

 こうして、潰れかけていた弱小冒険者ギルド銀月は、この国一番の冒険者ギルド『妖精の祝福』へ加盟し、支部へと大出世するのだった。

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