第38話

 冒険者ギルド『妖精の祝福』の支部を、ニノリッチに置かせて貰いたい。

 そんなネイさんの発言に、この場にいる誰もが驚く。


 特にエミーユさんなんか、一難去ってまた一難。新たな商売敵が現れたもんだから、また威嚇のポーズをしているぞ。

 カレンさんが表情を引き締め、問う。


「……『妖精の祝福』の支部をこのニノリッチに?」

「はい。本来なら正式な手続きを踏むべきなのですが……『迷宮の略奪者』がこの町に支部を置こうとしていると聞きまして。急ぎやってきた次第ですわ。こんな形で提案することになって申し訳ありません。もしよろしければ、わたくしの話を聞いてもらえませんかしら?」

「カレン! 話なんて聞いちゃダメですよぅ! これはカレンの友だちとしての忠告なんですよぅ」


 とエミーユさん。

 手首をくるりと返し、都合のいいときだけ友だちになるその姿勢。

 ここまでやってくれると、いっそ清々しいよね。


「あら? 貴女はこの冒険者のギルドの職員かしら?」

「だ、だったらなんだっていうんですかっ?」

「そうでしたか。よかった。手間が省けましたわ。実は、貴女のギルドにも話があるんですの」

「話……?」

「ええ。このギルドをわたくしたち『妖精の祝福』の支部になるよう交渉して欲しいと、ギルドマスターから命じられておりますの。いかがでしょう? もし実現いたしましたら、貴女のお給金もぐんと上がることをお約束しますわ」

「お給金が……あがる?」


 突然のお誘いを受け、エミーユさんの気持ちが揺らいでいるのがわかる。

 もともとおカネに弱い人だから、あとひと押しでイチコロだろうな。


「ほ、ホントですかぁ!? それってホントですかぁ!? あた――アタシのお給金があがるって――」

「本当ですわ」

「っ!?」

「少なくとも以前頂いていたお給金の五倍はお約束いたしますわ」

「ご、ごばい……」


 瞬間、エミーユさんがズザザっと土下座をキメた。


「なりますぅ! 今日からここ銀月は、『妖精の祝福』の支部になりますぅ!!」


 即答だった。

 この変わり身の速さには、誘ったネイさんもたじたじ。


「あ……お、お早い回答感謝いたしますわ。でもちょっと待ってくださいな。まだ町長様とのお話は終わっておりませんので」

「カレン! この話、受け入れるんですよぅ! こんなチャンス、めったにないんですよぅ!」


 エミーユさんが必死になって言う。


「ふむ……」


 カレンさんが俺をチラチラと見ている。

 判断に迷っているみたいだ。

 ガブスさんに無理難題をふっかけられたばかりだから、また同じような事を要求されるんじゃないかと警戒しているのだろう。

 とか思っていたら、


「シロウはどう思う?」


 俺に話を振ってきたじゃありませんか。

 だけど、ここで取り乱してはいけない。俺はなるたけクールに振る舞う。


「まずは話を聞いてみてはどうでしょう?」


 数日前にネイさんが店にきたときにも感じたけど、かなり礼儀正しい人だった。

 少なくとも悪い人には見えなかったのだ。


「そうだな。わかった。使者殿、話はわたしの執務室で聞かせて貰おう。こちらへ」

「感謝いたしますわ」

「それとシロウ」

「はいはい、なんですか?」

「すまないが君もついてきて貰えるか?」

「え、俺も?」

「わたくしからもお願いいたしますわ。実はギルドからも店主様にご協力いただきたいことがありますの」

「はぁ、協力ですか」


 しがない道具屋の店主に協力ってなんだろ?

 さすがにまたマッチの優先販売権じゃないとは思うけどね。


「わかりました。俺も行きましょう。アイナちゃん、店番頼んでいいかな?」

「もちろんだよシロウお兄ちゃん。アイナはてーいん店員なんだよ。アイナにまかせて」

「ありがとう。心強いよ。じゃあよろしくね」

「ん!」


 こうして俺は、カレンさんの頼みでネイさんとの会談に同行することになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る