第37話

「お、お前ぇ! よくも……よくもぉぉ!!」


 直下型パールドライバーの痛みから復活したガブスが、その身を起こす。

 怒りで目を血走らせながら立ち上がると、びしっと俺を指差した。


「わたっ、私にこんなことをしてタダで済むとは思ってないだろうな!」

「へええ。そこまで言うなら、どう済まないのか俺に教えてくれるかな?」


 俺はずいと一歩前へ出る。

 ガブスは尻込みし、二歩後ろへ下がる。


「私は迷宮の略奪者の幹部だぞ! そ、その私にこんなことをすればお前は――いや、お前だけではない。この町だってそれなりの報いは受けてもらうことになるぞ!」

「ガブス殿、それはわたしの町へ対する宣戦布告とみなして良いのかな?」


 とカレンさん。

 凍えそうなほど冷徹な視線をガブスに向けている。


「そ、それは……」

「だとすれば、わたしには町長として領主への報告義務があるのだが……この地を治めるバシュア辺境伯に報告して構わぬよな?」


 カレンさんが厳しい顔で言う。

 なんとか辺境伯さんの名を聞いたとたん、ガブスの顔色が変わる。


「ま、待て! そうではない! そうではなくてだな……」


 ガブスが焦りはじめた。


「そ、そうだ! お、お前がマッチの優先販売券を寄越すというのなら、さっきのことは忘れてやってもいいぞ! 全て水に流してやる。ど、どうだ?」


 なんだよこの商魂のたくましさ。

 俺なんかよりよっぽど商人向きなんじゃないのか。


「どうだもなにもない。確かに俺は商人だ。カネにがめつい卑しい商人だよ。でもな、アイナちゃんを泣かすようなヤツと取引するほど腐っちゃいない。だから……耳の穴かっぽじって、よーく聞きな」


 ガブスの胸ぐらを掴み、ぐいと引き寄せる。

 本日三度目の急接近だ。


「俺はアンタとは取引しない。アンタんとこの冒険者ともだ。迷宮の略奪者に所属する冒険者が俺の店にきてみろ。すぐ店から叩き出してやる。わかったか!」

「ひいぃぃっ」


 俺なんかが凄んでも効果はあったみたいだ。

 ガブスが縮み上がる。


「さて……エミーユさん、扉を開けてもらえますか?」

「は、はいですぅ」


 エミーユさんがギルドの扉を開ける。


「結論が出たところで……お帰りはあちらですよー」


 俺はにっこりと笑い、出口を指さす。


「ちょ、ま、待て。いや、待ってください! ではこうしましょう。おま――あなたの言い値でマッチを買い取らせていただきます! これならどうです?」


 急にガブスが下手にでてきた。

 揉み手をし、卑屈な笑みを浮かべている。


「すみませんね。俺は今後も細々と商売していくつもりなんです。尤も、未来あるこのニノリッチの町で、ですけどね」


 俺が少しだけかっこつけて言うと、


「シロウ……」

「シロウお兄ちゃん……」

「あんちゃん……お前ってやつはよぉ」

「…………シロウ、よく言った」

「さっすがシロウにゃ!」

「それでこそシロウ殿です」

「お兄さん……やっぱりアタシのこと好きなんじゃ……」


 みんなの反応は上々だった。


「あ、あなたが望むなら、私たちのギルドの力で王都で店を出すことだってできます。必要な素材があれば所属する冒険者たちに集めさせることも。それでも契約してもらえませんかっ?」

「しつこいですよ。俺は信用できる相手としか取引しないことにしたんです。どっかの誰かさんのおかげでね。俺と違い人並みの頭があるガブスさんなら、ご理解いただけますよね? はい、ご理解頂けたのならもうお帰りくださーい」

「く……な、なら町長! マッチのことは忘れよう。この町に支部を置く話を――」

「ガブス殿、その件はもう断ったはずだが?」

「うっ……」


 俺に断られ、カレンさんに拒否られる。

 ガブスは口をパクパクするしかできないでいた。

 その姿があまりにも滑稽で、我慢できなかったんだろう。

 事の成り行きを見守っていたライヤーさんが、ついにプフーと吹きだした。


「だぁっはっは! バーカ。欲をかくからどっちも手に入らないんだよ」

「にゃっほっほ。あのおっちゃん滑稽なんだにゃ」

「黙れ! 雑魚冒険者風情が口を挟むな!」

「んだとテメエ!」


 ライヤーさんが拳をボキボキ鳴らしながら近づいていく。

 いまにも拳をフルスイングしそうな勢いだ。

 俺は慌てて止めに入った。


「ちょっと待ってくださいライヤーさん!」

「あんちゃん……」

「暴力はいけませんよ。暴力は」

「自分だけ殴っといてそりゃないぜ」

「だったら、さっきの俺の拳にはライヤーさんの怒りも込められていたってことで」

「ったく、口が巧いなあんちゃんは。わかった。それでいいよ。そんなクズは殴る価値もねぇしな。そんじゃクズ野郎、とっとと大好きな王都に帰んな」


 ガブスさんの首根っこをライヤーさんが掴み上げ、


「ま、待ち――」

「ほいっと」


 そのまま外に放り投げる。

 そしてバタンと扉を閉めた。

 しばらくガブスさんがドンドン扉を叩いていたけれど、やがて諦めたのか音がしなくなった。


 しっかし……こんなのを交渉役によこすなんて、『迷宮の略奪者』って人材いなさすぎだろ。

 それとも、いままでは弱みに付け込んで無理やり要求を呑ませてこれたからかな?

 ま、どっちでもいいか。もう関わることもないだろうし。


「シロウ、すまなかった」


 カレンさんが頭を下げてくる。

 俺は手をぱたぱたと振る。


「気にしないでください。というか、カレンさんこそ災難でしたね。アイツに変なことされませんでした?」

「……胸を、少し触られた」

「アイナちゃん、そのへんに硬くて尖った物ない? トドメさせそうなヤツ」

「え? え?」

「あんちゃん、おれも手ぇ貸すぜ」

「シロウ殿、よかったらこれをお使いください」


 ロルフさんが、自分のメイスを指差してご提案。

 確かにあのメイスなら頭もかち割れそうだ。


「おいおいロルフ、あんちゃんじゃソイツメイスは持てないだろ。おれが使う。あんちゃんは別の獲物を用意してやってくれ」

「じゃあシロウにはボクのダガーを貸してあげるにゃ」


 キルファさんが、俺にダガーをハイと渡してくる。

 次いで、ぴんと立てた親指で首を掻き切る仕草をした。


「シロウもライヤーも、キッチリ殺ってくるんだにゃ」

「おうっ。任せとけキルファ。あんちゃん行くぞ!」

「はい!」

「…………みんなバカなことしない。愚者は放っておけばいい」


 ネスカさんが呆れたように言い、


「「「「はーい」」」」


 俺たちは同時に返事をするのだった。


 寸劇を終えたところで、不意に入口の扉が開かれた。

 ガブスが戻ってきたのか? とか思って警戒しながら振り返ると、そこにはいつか見た女性冒険者の姿が。


「おじゃます。ここに町長がいると聞き急ぎ参ったのですが……どなたが町長様かしら?」


 冒険者の女性は店内をきょろきょろと。

 誰が町長がわかりかねている様子。


「わたしが町長だが……君は?」


 女性冒険者は姿勢を正し一礼する。


「わたくしはネイ・ミラジュと申します。冒険者ギルド『妖精の祝福』から使者として参りましたの」


 名乗りを聞き、ライヤーさんがピュウと口笛を鳴らした。

 そして俺に耳打ちするようにして、


「この国で一番でっかいギルドだぜ」


 と教えてくれた。


「わたしがニノリッチの町長、カレン・サンカレカだ。『妖精の祝福』の使者殿がわたしの町に何用かな?」

「そう警戒しないでくださいな。単純な話ですわ。この町に『妖精の祝福』の支部を置いてもらえないかと、お願いに参ったのですわ」


 しばしの静寂のあと、


「「「「ええ~~~~~~!?」」」」


 この場にいた全員がびっくりするのでした。

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