第36話

 まさかの発言だった。


「それって、うちの店からマッチがなくなるということですか?」

「当然だろう。全て・・、だからな」

「それだとマッチを買いに来たお客さんに迷惑がかかってしまいますよね? うちの店は冒険者の方たちだけではなく、町に住む人たちにも利用して頂いています。なのにマッチがないというのは――」

「お前はバカか。この店にマッチがなければ、この町に置く『迷宮の略奪者』の支部から買えばいいではないか。こんな簡単なこともわからないから、お前は辺境でしか商売ができんのだ」

「わかってます。分かった上で言っています。だってうちの店からマッチを買うと言うことは、売るときには販売価格が上がるということですよね?」

「……多少は上乗せすることになるだろうな」


 と、悪びれもなくガブスさん。

 この顔……絶対『多少』なんて可愛いものじゃないぞ。

 そりゃ俺も日本の価格から上乗せして売ってるさ。でも、このガブスさんの顔はヤバイ。

 確実にもの凄い価格で売る気だ。


「待って欲しいガブス殿」


 さすがに見かねたのか、カレンさんが会話に割って入ってきた。

 これにガブスさんは露骨に眉をひそめる。


「なんだ町長? いま私はこのマヌケ――おっと、小僧と話しているのだが」

「ニノリッチにシロウの店があるのは、全てシロウの善意によるものだ。いくら町の発展のためとはいえ、優先販売権など……」

「町長、お前は何もわかっていない。いいか? 私たち『迷宮の略奪者』はこの国全土に支部がある。それはつまり、私たちに『マッチ』を売れば、王国全土に売ることができるのだぞ。こんな辺境の寂れた町では、売れてもたかがしれているだろう。だが、」


 ガブスさんは俺を見つめ、誘うような笑みを浮かべた。


「我々に売れば、それは王国の全国民に売るのと同じこと。得られる利益は今と比べものにならんだろうよ」

「なるほど。販路がこの国全体に広がるわけですね」

「そうだ」

「確かに魅力的なお話ですが……すみません。お断りさせていただきます」

「……なぜだ?」

「単純な話です。この国の全土に売るほどのマッチを仕入れる事は、どうやっても出来ないからです」


 俺が申し訳なさそうな顔をして言うと、


「ほう。『仕入れる』か」


 ガブスさんがずいっと詰め寄ってきた。

 太っちょなお腹と、俺のお腹がくっつくほどの距離。

 ガブスさんは俺から目を逸らさない。


「さっきも言ったように、我々は王国全土に支部を持っている。冒険者からはその土地にしかないアイテムや名産など、いろいろと情報が入ってくるのだ」

「は、はぁ」


 そこで一度区切ったガブスさんは、俺の反応を見てから再び口を開く。


「だがな、不思議なことに『マッチ』の話はどこからも上がってこない。この国だけではなく、交流のある他国のギルドからもな。おかしいとは思わんか? 大陸の何処にも存在しないアイテムが、なぜかこんな辺境にあることに」

「マッチを作っている職人はちょっと癖のある人でしてね、俺としか取引を――」

「嘘だな」


 俺がごまかす前に被せてくるガブスさん。


「実はな、ここ数日『迷宮の略奪者』の冒険者を使ってお前の事を探っていたのだ。何度かマッチが売り切れたにもかかわらず、お前がマッチを仕入れに町を出た様子はない」

「うっ……」


 俺の脳裏に、この前店にきていた女性の冒険者の姿が思い浮かぶ。

 見慣れない冒険者だなとは思っていたけれど……そうか。彼女は俺を探っていたんだな。


「……俺が収納アイテムを持っている可能性は考えないんですか?」

「それこそおかしな話だな。大量のマッチを運ぶ術があるのなら、わざわざ辺境で売る理由がない」

「この町が気に入っているから、とかは?」

「くくく……面白い冗談だ。それならまだ町長の色香に惑わされたと言った方が納得がいくぞ」


 実は日本から来た異世界人です! なんて打ち明けるわけにもいかず、俺は言葉に詰まってしまう。


「これらのことから導き出せる答えは、そう多くない」


 ガブスさんが更に詰め寄ってくる。

 もう鼻と鼻がくっつきそうな勢いだ。

 まさか人生で、太っちょな中年男性とこんなにも近距離で見つめ合う日がくるとは思いもしなかった。


「お前だな。マッチを作っている職人は」


 ガブスさんが確信を持って言う。

 それはもう、サスペンスドラマに出てくる家政婦みたいなドヤ顔で。

 しかしこの発言に、この場にいた誰もが驚き、そして同時にそうだったのかという顔をした。


「お前の正体は、大手のギルドから追放された錬金術師といったところか。この森にマッチの素材があるのか、もしくは中央に顔を出せない理由でもあるのか、あるいはその両方か」


 ガブスさんが盛大に勘違いを積み上げていく。

 おかげで俺はいつの間にやら錬金術師だ。


 さーて、どうしようかな?

 どうやってこの場を収めるべきか。


 俺が頭を悩ませていると、ずいっとカレンさんが割って入ってきた。

 そして俺を庇うように立ち、ガブスさんを見据え、


「申し訳ないガブス殿。今回の件でシロウを巻き込むのは本意では無い。マッチの優先販売権を要求するというのなら、支部を置く話はなかったことにしてもらいたい」


 きっぱりと言う。


「……私の聞き間違いかな。町長、もう一度言ってもらえるか?」

「なんどでも言わせてもらおう。支部を置く話はなかったことにしてもらいたい」


 カレンさんが強い口調で言い、ガブスさんを睨みつける。

 知り合ってまだ少ししか経っていないけど、見たこともない厳しい顔だ。

 この言葉にガブスさんの目が細まる。


「我々『迷宮の略奪者』は、お前の頼みに応えるためこんな辺境まできてやったのだぞ。そのことをちゃんと理解しているのか?」


 ガブスさんは両手を広げると、ここにいる全員に聞こえるよう声のボリュームを上げる。


「数多ある有力冒険者ギルドがなぜこの町に支部を置かないか。簡単な理由だ。置く価値がないからだ。主要都市との距離。人員と資材の輸送費。中央との連絡手段の確保。どれ一つを取っても採算が合わない。こんな辺境ではな。だからこの町には――」


 ガブスさんは背後に立つエミーユさんをびしっと指差す。


「弱小冒険者ギルドしか置かれていない」


 嘲るようにガブスさん。

 エミーユさんが悔しさで顔を歪ませる。さしものエミーユさんでも言い返せないみたいだ。


「それも、潰れかけのな」


 完全にエミーユさんを――この町を全部をバカにしている顔だ。

 さすがに俺もカチンときたぞ。


「待ってくださいガブスさん。森には珍しいモンスターや薬草、鉱物があると聞きました。それだけでも支部を置く価値があるんじゃないんですか?」


 教えてくれたのはライヤーさんたちだ。

 町に冒険者ギルドが複数あってもおかしくないとも。


「この間だって、素材商人がほくほく顔でマーダーグルズリーの毛皮を買い取っていきましたよ」

「ふむ。確かに、町の東に広がる大森林には希少なモンスターや素材があるそうだな」

「ええ。東に広がる森。それにニノリッチを拠点としている冒険者たち。それら全てがこの町に価値があることを証明してくれています。だからこそ、逆に冒険者ギルドを置かないほうが不自然なのでは?」

「この町を拠点にしている冒険者……だと? くくく……プッ……クフゥッ、あーっはっはっは! なんて無知な……ふぅー、ふぅー。はぁ……あまり笑わせてくれるな。まったく、物を知らないとはこのことだな」


 俺の発言でガブスさんが大笑い。


「無知なお前のために教えてやろう。いいか? この町にいる冒険者はせいぜい二,三〇人といったところだろう。それも、中央では通用しなかった雑魚冒険者ばかり。王都や主要都市はで稼げない雑魚冒険者が、競合相手が少ない辺境にやってきて、ささやかな稼ぎを得ているに過ぎん」


 ガブスさんが、哀れみの目を店内にいる蒼い閃光へと向ける。

 ライヤーさんが握りしめた拳を振るわないのは、カレンさんへの気遣いか。はたまた隙を見て一撃で仕留めるためか。


「それなのに何を勘違いしたのか、ここにいる町長はこの町が冒険者にとって価値のある町だと思い込んでいる。こんな辺境にある町をだぞ? 滑稽だろう? 哀れだろう? 可笑しいだろう? ん、小僧お前も笑っていいんだぞ?」

「っ……」


 ガブスさんの嘲笑に、カレンさんが悔しさから顔を伏せてしまう。


「わかるか小僧? 我々はこの町に支部を置く意味も価値も意義もないのだ。だがな、」


 そこで一度区切り、ずいっと近づいてくるガブスさん。

 急接近が再びだ。


「お前の扱う……もう、『作る』と言っていいな? お前が作る『マッチ』の販売権を寄越すというのなら、この町に支部を置いてやってもいいぞ」

「ガブス殿、だからその話は断ると――」

「黙れ町長。私はいま小僧と――この錬金術師と話しているのだ」

「っ……」


 カレンさんが黙り込み、代わりに俺を見た。

 俺を見つめる瞳は、何か言いたげだ。


「さあ、どうする錬金術師? 我々『迷宮の略奪者』が支部を置けば、この寂れた町でも十分にカネが集まり潤うだろう。お前の判断にこの町の未来がかかっているぞ」


 すっかり錬金術師になってしまった俺。


「……少し考えさせてください、というのはダメですよね?」

「当然だ。私も暇ではない。いまここで答えを聞かせてもらおうか」

「……」


 さて、一度状況を整理しようか。

 俺は考える。

 時系列順に考えると、ニノリッチで俺が商売をするよりも前に支部を置く話は出ていたはずだ。


 町に他の冒険者ギルドを置くな、という条件こそが、森から得られる利益を自分たちだけで独占するためのもの。

 つまりマッチ云々を除いても、ニノリッチに冒険者ギルドを置く意味は十分にあると考えられる。


「……ふむ」


 さっき会ったばかりのガブスさんの人となりを考慮し、思考をもう一段階沈める。

 相手の弱みにつけ込み、半ば脅迫のように無茶な要求を通そうとする。

 なんてことはない。ブラックな会社にいた、欲深で嫌味な元上司そっくりじゃないか。


 となれば、ガブスさんがどんな人でどんな思考をしているか予想しやすい。

 当初は辺境の町に無茶な要求を通し、支部を置いて利益を独占しようとしたんだろう。

 そんな矢先に、俺の持つマッチなるアイテムの情報が飛び込んできた。


 自分で言うのもなんだけど、この世界においてマッチは商品としての価値が高い。非常に高い。それは売れ行きが証明している。

 だから欲深いガブスさんは、こう考えたのだ。


 ――支部を置くことを条件に、マッチの権利をも独占してしまおうと。


 俺を探っていたのなら、俺と町長のカレンさんが親しくしていることも知っていた、と考えるのが自然だ。

 知っているからこそ、ガブスさんは町の未来を人質・・にしてマッチを独占しようと考えたのだ。


 まったく、なんて欲深い人なんだ。このタイプに少しでも譲歩しようものなら、調子に乗ってよる要求してくることは想像に難くない。

 となれば、答えなんか一つしかないじゃんね。

 よし。カレンさんもお断りしていることだし、ここはガツンと俺もNOを突きつけてやりま――


「我々『迷宮の略奪者』と取引をすれば、そこにいるガキの代わりに有能な者を雇うこともできるぞ」


 ガブスさんから放たれた、不意の一言。


「…………は?」


 本人は誘い文句のつもりだったのか、にやにやと口角をあげている。


「いま……なんて言いました?」


 俺は、頭の中が怒りで真っ赤に染まっていくのを感じる。


「役立たずなガキの代わりなど、いくらでも見つかると言ったのだ。お前だって使えないガキなんか雇いたくなかったんだろう? お前が望むなら私が手配してやってもいい。そこにいるガキや汚らしい亜人共とは違い、有能な者を連れてきてやるぞ?」

「……」


 この言葉に、アイナちゃんが傷つくのがわかった。

 頭の中でカウントダウンがはじまる。

 これはあのときに――会社を辞めると決めた瞬間に状況がそっくりだ。

 あのときの俺は、俺を慕う後輩をネチネチといびる嫌味な元上司にプッツンきて――


「さあ、どうする小僧? 未来のない寂れた町で、これからもマッチを細々と売っていくのか、それとも我々『迷宮の略奪者』に優先販売権を与え、一生涯入ってくる大金と町の発展を取るのか、答えを聞かせてもらおうか。まあ、お前が人並みの頭を持っているのなら、迷う必要などないがな」


 そう言い、ガブスさんは俺の答えを待った。

 俺はガブスさんを見つめ、にっこりと満面の笑みを浮かべる。

 つられてガブスさんもにやりと笑う。


 そして俺は――――――プッツンした。


「一昨日きやがれ! このロクデナシがぁぁぁぁッ!!」


 渾身の右ストレートがガブス・・・の顔面にブチ込まれる。


「ほんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?」


 不意打ちを受け、大きく仰け反るガブス。

 だが、この程度では俺の怒りは収まらない。

 むしろここからが本番だ。

 いまこそアレを――元上司に喰らわした魂の一撃を受けてみるがいい!


「ふんっ!」


 俺はガブスのぽっちゃりな胴に両腕を回してクラッチ。

 そのまま持ち上げ、頭上でガブスの体を半回転させると同時にジャンプ。

 地面と逆さまになったガブスの頭を自分の両膝で挟み込み、迷うことなく全体重を乗せて床板に叩きつけてやった。


 ――直下型パイルドライバー。


 いまガブスにキメたこの技こそが、かつて退職を決意した俺が元上司にキメ、職場での争いから法定での争いにまで発展した禁断の必殺技だ。

 まあ、あのときは記録していたパワハラの数々と、真実のタイムカードで未払いの残業代に示談金までゲットしてやったけどね。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」


 ガブスが痛打した頭をおさえて転がりまわる。

 そんなガブスに向かって、俺は目一杯叫んでやった。


「俺は暴力が嫌いだ。大っ嫌いだ! でもな……俺の大切な店員に――アイナちゃんにっ! ふざけたこと言われて黙ってられるほどお人好しじゃないんだよっ!!」


 それは、魂の咆哮だったと思う。

 この光景に、この場にいるみんなはただただポカン。


 でも――


「シロウお兄ちゃん……」


 アイナちゃんだけは、ひしっと抱きついてきてくれた。 

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