第34話

 ついにその日がやってきた。

 アイナちゃん情報では先ほど視察の人が町に到着し、いまはカレンさんが役場で接待中とのこと。


 そのことを俺に伝え終えたアイナちゃんは、「アイナ役場をてーさつしてるねっ」と言い残し、またぴゅーっと走り去ってしまった。

 最近、客としてきたキルファさんが買い物ついでに『偵察任務』についてあれこれと話していたからか、真似してみたくなったのかもしれない。


「カレンさん、いまごろ誘致しようと必死なんだろうな」


 事前にカレンさんから聞いていた段取りはこうだ。

 まず視察の人を役場へお招きし、森にいるモンスターの種類や生態、採取できる薬草や鉱物の説明。


 町を案内してから市場を見て回り、そのまま俺の店でマッチをはじめとしたアイテムの数々を披露する。そして役場へ戻り、最後に支部を置いてくれるかの是非を問うのだとか。


「いよいよ視察の人とご対面か。どんな人なんだろ?」


 この胃にくるような独特の緊張感。なんか、サラリーマン時代を思い出しちゃうよね。

 大きな商談を前にしたときの緊張感が、毎回こんな感じだった。


 まあ、あの会社じゃ商談が成功しても給料にはまるで影響せず、そのくせ失敗するとただでさえ少ないボーナスがもっと少なくなるっていう、社畜の心を削る鬼畜仕様だったけどね。


 今回、交渉しているのは町長のカレンさんで、俺はそれをお手伝いするだけの気楽な立場でしかない。

 でも、俺はカレンさんに頼まれたのだ。

 ここで応えなきゃ男じゃない。死んだばーちゃんもきっとそう言うに決まってる。

 困っている人がいたら助けておやり、っていっつも言ってたからね。


「ばーちゃん、俺はやるぜ」


 俺の店にあるアイテム商品を視察の人が気に入れば、支部を置いてもらえる可能性が高まるはず。

 カレンさんも口には出さないけれど、俺に賭けている部分は大きいと思うんだ。

 評判の良くない冒険者ギルドらしいのが不安といえば不安だし、銀月を盛り返そうとがんばるエミーユさんへの後ろめたさもあるっちゃある。


 しかし、だ。

 冒険者ギルドを『依頼者への複合サービス業』と考えるならどうだ?

 一個の業者ギルドに依存するよりかは、複数の業者ギルドが入り乱れた方が競争原理が働き、サービスの質が高まるのではないだろうか?

 この考えに至ったとき、俺はもう迷うのをやめた。


「ただ自分にできることをやるのみだ」


 なにより、お世話になっているカレンさんに恩返しできるチャンスなのだ。


「やったるぞー! オー!!」


 そう一人で気合をいれていると、


「シロウお兄ちゃんっ」


 息を切らせたアイナちゃんが店に戻ってきた。

 はぁはぁと荒い息をつき、俺を見上げる顔は真剣そのもの。


「どうしたのアイナちゃん? あっ! まさか視察の人がもうくるとか?」


 だとしたら予定より早いぞ。

 髪をセットしてお茶の準備をはじめないと。

 そんな俺の考えをよそに、アイナちゃんはぶんぶんと首を横に振る。


「カレンお姉ちゃんがね、シロウお兄ちゃんをぼーけんしゃギルドの『ぎんげつ』につれてきてだって」

「銀月に? なんだってまた……」

「なんかね、しさつのひととそこにいくんだって。だからシロウお兄ちゃんもきてほしいって、カレンお姉ちゃんがそういってたの」

「よくわからないけど、うん。わかった! アイナちゃん、銀月にいこう!」

「ん!」


 こうして俺とアイナちゃんは、冒険者ギルド銀月へと向かうのだった。

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