第32話

 カレンさんの話では、冒険者ギルドの視察の人が隣町に着いたらしい。『らしい』というのは、情報元が伝書鳩だったからだ。

 隣町までの距離は、馬車で二日ほどとのこと。


 お手紙を運んできた鳩の移動時間を計算に入れると、早ければ明日。

 遅くとも明後日には視察の人が到着するんだとか。


「シロウお兄ちゃん、きょうもお客さんいっぱいだったね」

「うん。ありがたいことだよ」


 店舗を持った俺は、マッチの他にも商品を並べるようになった。

 といっても、爪楊枝や雑巾、ホウキやちり取りなどの、ちょっとだけ生活が楽になるアイテムがメインだけどね。


 それでも家を守る奥様方からは好評で、並べても並べてもすぐに完売していた。

 そんなわけで、本日の営業も無事終了。

 俺とアイナちゃんは、陳列棚に視察の人用のアイテムを並べている真っ最中だ。


「シロウお兄ちゃん、このアイテムはこっちでいい?」

「うん。いいよ」

「アイナね、これキラキラしててきれーだからね、こっちにならべるのがいいと思うんだけど……シロウお兄ちゃんどう思う?」

「おー、アイナちゃんの言う通りだね。確かにそこに置いてある方が手に取ってもらえそうだ。うん、そこに置いてもらえるかな」

「はーい」


 自分で店舗を持って分かったことが、二つある。

 一つは商品の陳列にもセンスが必要だということと、もう一つが俺にはそのセンスが絶望的になかったということだ。


 しかし、神は俺を見捨てはしなかった。

 まるで俺の弱点を補うかのように、アイナちゃんが抜群の陳列センスをみせてくれたのだ。

 アイナちゃんが商品を並べると、陳列棚が見やすく美しくなる。まるで魔法みたいだった。


「はいアイナちゃん、これも並べてもらえる」

「うん」


 俺は空間収納から取り出したアイテムを、アイナちゃんに手渡す。

 けっきょく、俺は空間収納のスキルを持っていることをアイナちゃんにも打ち明けた。

 お店を手伝ってくれるアイナちゃんは、知っていた方がいいと思ったからだ。


「シロウお兄ちゃん、アイテムならべおわったよ」

「ありがとうアイナちゃん。お疲れさま」


 商品を陳列し終えたタイミングで、


「よっす! 調子はどうだあんちゃん」


 ライヤーさんが店に入ってきた。

 隣にはネスカさんもいる。

 リア充カップルのご登場だ。


「こんにちはライヤーさん。ネスカさんも。調子はボチボチってとこですかねー」

「…………シロウのお店、繁盛してる」

「おかげさまで」


 マーダーグリズリーの時に、ライヤーさんはネスカさんへの想いを告げた。

 あの後どんなやり取りがあったかは知らないけど、どうやら二人はお付き合いをはじめたそうだ。

 ホント、末永く爆発すればいいのにな。


「おう。知ってるあんちゃん? エミィから聞いたんだけどよ、この町にどっかの冒険者ギルドからお偉いさんがくるって話だぜ」

「お、ライヤーさん耳が早いですね」

「そりゃおれたち冒険者は生活がかかってるからな……って、なんだその反応? さてはあんちゃん知ってたな?」

「ええ。実は町長から直接聞いてました」

「町長から直接ねぇ。腕っこきの商人さまは違うな」

「だから腕利きじゃないですって。実はですね――――……」


 俺はライヤーさんとネスカさんに事情を説明。

 カレンさんに頼まれて、視察にきた人の心にグッとくるアイテムを用意していることを話す。


「――という経緯です」

「ほぉ。ってことはアレか。ニノリッチの町には冒険者向けのアイテムが――それも飛び切り凄いアイテムを売ってるぞ、ってアピールするのが狙いか」

「鋭いですね。まさにいま視察の方の印象を良くしようと、冒険者向けのアイテムを並べていたところです」

「なるほどなぁ」


 ライヤーさんが陳列棚を見回し、大きく頷く。


「あんちゃんが売ってるアイテムはどれも冒険の役に立つ。おれたちが保証するぜ」

「ありがとうございます」

「しっかし、あんちゃんに頼むなんて町長も本気ってこったな。ま、銀月があんなザマじゃ、何も手を打たないわけがないか。あのねーちゃん、町長としちゃかなり上等な部類だからな」

「…………同意。辺境では貨幣より物々交換のほうが多い。……でもこの町はちゃんと貨幣で成り立っている。……これは凄いこと」

「へええ。そうなんですね」

「ああ。辺境だってのにここまで人がいる町は珍しいんだぜ」


 ニノリッチの人口は五〇〇人。

 この数は辺境としては珍しい部類に入るらしい。


「ふむふむ。なら冒険者ギルドも置いてもらえますかね?」

「そればっかはわからねぇな。ここの森にゃいろんなモンスターがいるし、薬になるキノコや薬草が豊富だからよ、普通に考えりゃギルドの二つや三つあってもいいんだけどなぁ」


 ライヤーさんは続ける。


「そうすりゃ、いつでも銀月から所属を移せるんだけどな。だははははっ」

「エミーユさんが聞いたら涙しそうなことを、さらっと言いますね」

「あたり前だろ。おれは冒険者だぜ?」


 隣のネスカさんが頷く。


「…………ギルドを変えるのは冒険者によくある話」

「へええ。そのへんはシビアなんですね」

「あんちゃんが優しすぎるだけさ。ま、冒険者のおれたちとしちゃ、いいギルドが置かれることを祈るばかりだな」

「…………冒険者ギルドにも組織として優劣がある。どこのギルドが視察に来るかは知らないけど、まともなところであることを祈る」

「えと……『まともであることを祈る』ってことは、まともじゃないギルドもあるんですか?」


 俺の質問に、ライヤーさんは当然だとばかりに頷く。


「そういうこった。悪名高き冒険者ギルドってーと、『悪魔の三叉槍』や『毒竜の牙』あたりだな。でも、一番タチが悪いのは――」

「…………『迷宮の略奪者』」


 ライヤーさんの言葉を、ネスカさんが引き継ぐ。

 示し合うことなく言えるってことは、それだけ悪い意味で有名ということだ。


「タチが悪い……ですか」

「そうだ。『迷宮の略奪者』はな、この国ん中じゃ三番目にでっかい冒険者ギルドなんだけどよ、噂じゃかなり悪どいことをしてるらしーぞ」

「そういえばカレンさんが冒険者ギルドの名前を言っていたような……。なんて言ってたっけな~。うーん……」


 腕を組みカレンさんとの会話を思いだそうとしていると、アイナちゃんが「あっ!」と声をあげた。


「町長ね、たしか『めいきゅーのりゃくだつしゃ』っていってたよ」

「「「……」」」

 アイナちゃんの発言に、大人チームが黙り込む。

「ライヤーさん」

「なんだ?」

「カレンさんは『迷宮の略奪者』の評判を知っているんですかね?」

「知らない、だろーな。そもそもギルドの評判なんざ冒険者でもなきゃ興味ないだろ。町長とはいえ、こんな辺境じゃあな」

「なるほど」


 SNSどころか、電話すらない世界なんだ。

 一部の界隈じゃ有名な話でも、それ以外ではまるで知られてない、なんて事はざらにあるのだろう。 

 視察にやってくるのは、最悪の冒険者ギルドだという。

 カレンさん、がんばってくださいね。俺も出来る限り協力しますから。

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