第30話


 『蒼い閃光』の四人と別れた俺は、やっとお店に帰ることができた。

 二日半空けただけなのに、ひどく懐かしい感じがする。

 きっと、それだけこの場所に思い入れを持ちはじめているんだろうな。


「戻ったよ―」


 中にはいると、さっそくアイナちゃんが出迎えてくれた。


「おかえりなさいっ」


 お掃除の手を止め、駆け寄ってくる。


「あはは、こんどこそ本当にただいま」


 カウンターの奥にあるイスに座り、一息つく。


「シロウお兄ちゃん、ぼーけんしゃのまねっこどうだった?」

「んー、凄い体験だったよ。聞きたい?」

「ん! 聞きたい!」

「よーし。なら話してあげよう。俺たちは森で――――……」


 俺は森での出来事を、盛に盛って面白おかしくアイナちゃんに話す。


「それでネスカさんがね――……」

「うわー。すごーい」

「そしたら急にさ――……」

「それでそれで?」


 アイナちゃんは真剣な顔で聞き入り、ころころと表情を変える。


「――とまあ、濃い三日間だったよ」

「っぷはぁー。アイナ息とまっちゃうかと思った。マーダーグリズリーをやっつけるなんて、シロウお兄ちゃんってすごいんだね!」

「いやいや、倒したのは『蒼い閃光』のみんなだよ。俺はただちょっと援護しただけ」

「えー? アイナ、シロウお兄ちゃんがいなかったらぜんめつしてたと思うなー」

「あはは、それみんなも言ってたな。でもホント、こーんなでっかいクマがでたときは焦ったけど、なんとか無事に戻ってこれたよ。それに冒険者が欲しがりそうなアイテムもわかったし……うん。冒険者体験してよかったな」

「よかったね、シロウお兄ちゃん」


 にこにこ笑うアイナちゃんに、俺もにこにこしながら頷く。


「ああ」


 視察の人がくるまで、あと何日もない。

 あまり時間はないけれど、ホームセンターとネットショップを使えば十分に揃えられるだろう。


「そうと決まればいったん家に帰って――」


 椅子から立ち上がり、一度ばーちゃんの家に帰ろうかなと思ったタイミングで、


 ――ドンドンドンッ!!


 ――ドンドンドンッ!!


 入口の扉を激しくノックされた。


「シロウ! 私だ。カレンだ! いるかっ?」


 ノックの主はカレンさん。

 かなり慌ててる様子だけど、いったい何事だろう?

 鍵を外し、扉を開ける。


「どうしたんですかカレン――うぷっ」


 開けるやいなや、カレンさんが思い切り抱きついてきたじゃありませんか。


「シロウ無事か!? 君が同行していた冒険者から森でマーダーグリズリーに遭遇したと聞いたぞ。痛いところはないかっ? 怪我してないかっ? 大丈夫かっ?」


 とカレンさん。

 ああ、なるほど。蒼い閃光の誰かから、マーダーグリズリーと一戦交えた話を聞いたのか。

 それで俺を心配して飛んで来たんだな。


 冒険者体験をしたいって言い出したのは俺なのに、カレンさんはその切っ掛けを作ってしまったのは自分だとでも思っているんだろう。

 ホント、責任感が強い人なんだから。


「私が頼んだばかりに……すまない! 本当にすまない!! 怪我は――怪我はしてないか!?」


 泣きそうな声で訊いてくるカレンさん。

 普段のクールな佇まいからは想像もできない慌てっぷりだ。

 だが、いかんせん俺はカレンさんに全力で抱きしめられたまま。

 特に俺の顔なんかカレンさんのお胸に埋められているので、喋ろうにも「フガフガ」としか声を出せないでいる。


「ん、どうした? 声が出せないのか? まさか――喉を潰されたのかっ!? 待ってろ。いま薬師のところに連れて行ってやる!」


 現在進行形で喉を潰してるのは貴女です。

 このままでは色々とヤバイ。

 具体的には呼吸が出来なくてヤバイ。


「カレンお姉ちゃん、シロウお兄ちゃんが息できないよ。はなしてあげてっ」

「ん? アイナ、君もいたのか」


 アイナちゃんに気を取られたからか、ホールドの力が僅かに緩む。

 いまだ!

 俺はカレンさんの肩を掴み、豊かなお胸からふんぬと顔を引っこ抜くことに成功。

 生死の境から無事生還を果たす。


「――っぷはぁ。……やっと顔出せた」

「よかった。喋れるんだなシロウ」


 カレンさんがほっとした顔をする。


「安心してください。喉は潰されていませんし、そもそもどこも怪我していませんよ。蒼い閃光のみなさんが俺を護ってくれましたからね」

「しかし蒼い閃光とやらのリーダーからは、マーダーグリズリーとの戦闘で君が先陣を切ったと聞いたぞ?」


 ……。

 ……あれ?

 ライヤーさん、いったいカレンさんに何言ったんですか。

 そりゃクマ撃退スプレーは使ったけど……うーん。冒険者基準だとあれも戦った内に入るのかな? でもカレンさんを見る限り、かなり話を盛っていそうだ。


「俺自身は戦ったつもりはないんですけどね。ただちょっとマーダーグリズリーに効くアイテムを使って、蒼い閃光をサポートしただけです」

「本当にそれだけか?」

「はい。遠くからアイテムを使っただけで、直接戦闘はしていませんから」

「…………よかった」


 突然、カレンさんが床にへたり込む。

 安心して気が抜けたみたいだ。


「私は君のことがずっと気がかりだったんだ。そこに町を歩いていた冒険者から、君がマーダーグリズリーを相手に孤軍奮闘したと聞いてな。マーダーグリズリーは恐ろしいモンスターと伝え聞く。熟練の冒険者でも歯がたたないほど強く、勝つことおろか逃げることさえ難しいと。だから私はてっきり君が……」


 やっぱり話盛ってたみたいだ。

 どうやら話を盛ったのは、俺だけじゃなかったってことらしい。


「心配させたみたいですみません」

「いや、こちらこそ早合点してすまない。それよりも……」


 へたり込んだままのカレンさんが、すっと右手を伸ばしてくる。


「どうやら腰が抜けてしまったらしい。立つのを手伝ってくれないか?」


 俺はカレンさんの手を握り、助け起こす。

 それでも腰はまだ抜けっぱなしだったので、しばらく肩を貸すことになるのでした。

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