第27話
討ち取ったマーダーグリズリーの各種素材は、高値で取引されているそうだ。
「ライヤー殿、毛皮をそちらから引っ張り剥がしてください」
「おう」
「キルファ殿は牙をお願いします。ネスカ殿は血を革袋に入れ氷結魔法で凍らせてください」
「りょーかいにゃ!」
「…………わかった」
そんなわけで、ただいまマーダーグリズリーは絶賛解体中。
ロルフさんの指示で三人が素材を剥ぎとっている。
おかげでけっこーグロい光景が目の前に広がっていた。
「良し。毛皮は剥げたぜ。次は爪だな」
「ねーねーライヤー」
「ん、どうしたキルファ?」
「こいつのキンタマはどうするにゃ?」
お年頃の女の子から、まさかの発言が飛び出してきた。
しかし、蒼い閃光のみんなは誰も気にしていない様子。
「そりゃ持って帰るだろ。なあロルフ?」
「その通りです。マーダーグリズリーの睾丸は薬の材料としても価値があります。当然、剥ぎとってください」
「はーい」
キルファさんがダガーを器用に操り、クマさんのタマタマをチョッキンする。それを見て、俺の股がヒュンとした。
時間と共にクマはどんどん解体されていく。
マーダーグリズリーは二体。
一体の解体が終わったら、もう一体も同じように素材を剥ぎ取り解体していき、最後には肉と骨だけが残った。
「さーて、こんなもんか? これ以上は持てないもんな」
ライヤーさんの言葉に、他の三人が頷く。
みんなクマの素材で荷物がパンパンに膨れ上がっている。
「あんちゃん、これはちょいと相談なんだけどよ……」
頭をぽりぽり。
申し訳なさそうにライヤーさんは、
「悪いが依頼を打ち切って町に戻らせちゃくれないか?」
と言ってきた。
「予期せぬモンスターとの戦闘でしたからね。でも探していた上級薬草はもういいんですか?」
「あんちゃんのおかげで、本来は金等級の連中じゃなきゃ狩れないマーダーグリズリーを倒しちまったからな。マーダーグリズリーの素材は上級薬草なんかよりずっと高く売れんだ。腐っちまう前に売らなきゃ勿体ないだろ?」
「ははぁ。なるほど」
いつもなら素材を買い取るのは冒険者ギルドの役目だ。
しかし銀月はいま資金難。そもそも素材を買い取るだけのおカネがない。
そこでライヤーさんたちは、別の大きな街で売ることを考えた。
ネスカさんの氷魔法でマーダーグリズリーの素材を凍らせ、その間に大きな街まで運ぶつもりらしい。冒険者って逞しいよね。
「すまねぇなあんちゃん。もちろんこれはおれたちの都合だ。今回の依頼料は一切いらない。なんなら断ってくれてもいい」
真面目な顔をしてライヤーさんは続ける。
「でもよ、マーダーグリズリーから剥がした素材の半分はあんちゃんのものなんだ。あんちゃんも商人なら、素材が腐る前に売っぱらっちまいたいだろ?」
「えぇっ!? 半分が俺の? いや、だって俺なにもしていませんよ?」
「なに言ってんだ。あんちゃんのアイテムがなきゃおれたちはいまごろ全滅してたんだぜ? それにあんなスゲーアイテムだ。その……かなり高かったんじゃないか?」
ライヤーさんの言葉に、仲間たちもこくこくと頷いている。
こっちの世界では、戦闘に使えるアイテムはかなり値が張るらしい。
下位の攻撃魔法が込められた使い捨ての
だからライヤーさんは、毒の霧を出したクマ撃退スプレーを高価なものだと思ったんだろう。
「やだなー。そんなの気にしなくていいですよ。どんなアイテムだって人の命には変えられませんからね」
俺は笑いながら手をぱたぱたと振る。
「あんちゃん、お前ってやつは……」
ライヤーさんが俺の肩をばしんと叩く。
「なんていいヤツなんだっ! あんちゃんホントに商人か? 人が良すぎだろ」
「あはは、それたまに言われるんですよね。やっぱ俺、商人らしくないですか?」
「らしくないな。ぜんぜんらしくない。けどよ、おれはあんちゃんみたいなヤツの方が好きだぜ。なあ、みんな?」
後ろを振り帰り、同意を求めるライヤーさん。
蒼い閃光の仲間たちは、
「ボクもー! ボクもシロウのこと大好きにゃー」
「…………わたしもシロウはいい人だと思う」
「世の商人が皆シロウ殿のようでしたら、世界はもう少しだけ優しくなるのですがね」
と同意を示した。
やめて。そんなに言われると照れちゃうって。
そもそもあのクマよけスプレー、一本八〇〇〇円なんです。こっちだと銅貨八〇枚ぐらいの価値しかないんです。そこまで高くないんです。
「とりあえず、町に戻る理由はわかりました」
俺は照れ隠しに話題を変える。
「うん。俺としても断る理由はありません。というか、素材を売るのも大変なんですね」
「銀月にカネがあれば買い取ってもらえたんだけどな。ま、冒険者やってりゃこんなこともある。それに辺境じゃよく聞く話だしな」
ライヤーさんは、なんでもないとばかりに笑う。
銀月がちゃんと運営されていたら、ライヤーさんたちもいらぬ苦労を背負うことはなかったのにな。
これは何としても新たな冒険者ギルドをニノリッチに置いてもらい、冒険者をしっかりとサポートしてもらいたいものだ。
でもいまは――
「ライヤーさん」
「なんだあんちゃん?」
「マーダーグリズリーの素材、俺が運びましょうか?」
命懸けで俺を逃がそうとしてくれた、蒼い閃光のみなさんに恩返しといきますか。
「あんちゃんが? ぷっ……だっはっは! 急に面白いこと言うなよ。でも、ありがとよ。あんちゃんの気持ちは嬉しいが……ちぃと腕が細すぎるかな?」
「それは言わないでくださいよ。ちょっと気にしてんですから」
「だははっ、悪ぃ悪ぃ」
「確かに力はありません。でも俺、実はみなさんに黙ってたことがあるんです。見ててください」
そう言うと、俺は後ろを振り返り残されたクマのお肉に近づいていき、
「えい。空間収納発動」
トータルで一〇〇〇キロ以上残っていたクマのお肉や素材を、空間収納であっさりとしまってみせる。
これには蒼い閃光の四人もただただ呆然。
「……はにゃ? へ? え……シロウは、く、空間収納のスキル持ってたにゃ?」
「ええ、実は持ってました。ただレアなスキルなんで秘密にしてたんですよね。黙っててすみません」
「謝罪など不要ですよ。むしろ、商人として賢明な判断です。空間収納のスキルを持っていると、要らぬ災厄を呼ぶことがありますからね」
「…………ロルフの言う通り」
「そうだぜあんちゃん。謝ることなんかねぇ。それにおれたちはあんちゃんに命を救われたようなもんだ。だからよ、蒼い閃光のリーダーとしてこれだけは言わせてくれ」
ライヤーさんは俺の前まで歩いてきて、深く頭をさげる。
「仲間の命を救ってくれて感謝する。本当にありがとう。あんちゃんはおれたちの命の恩人だ」
「シロウ殿、私からも感謝を」
「ボクも! ありがとーシロウ!」
「…………シロウに感謝。この恩は忘れない」
全員が頭を下げてくるもんだから、俺は慌ててしまう。
「ちょっ、わか――わかりました! わかりましたからもう頭をあげてください!」
「お、そうか」
ライヤーさんがさっと頭の位置を戻す。
冒険者だけあって切り替えが早いな。
「そんじゃあんちゃん、悪いがマーダーグリズリーの素材を任せていいか?」
「ええ。任されました」
「いや~、あんちゃんが空間収納持ちだったなんて助かるぜー」
みんなからマーダーグリズリーの素材を受け取り、まとめて空間収納へとしまう。
「じゃあ、ニノリッチに帰りましょうか?」
そんな俺の言葉に、ライヤーさんは「だははっ」と笑う。
「なに言ってんだあんちゃん。空間収納でクマ公の素材を運べんなら、薬草探すに決まってるだろ。なあ?」
これに残りの三人が頷く。
予期せぬハプニングも何のその。
けっきょく俺の冒険者体験は、翌々日の夕方まで続くのでした。
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