第25話

 食事を終える頃には太陽が沈み、代わりに二つのお月様が昇りはじめていた。


「あー、腹一杯だ。まさか仕事中に腹一杯食えるとは思わなかったぜ」

「ボクもボクもー。もーお腹いっぱいだにゃあ」

「…………チョコ。……甘いお菓子。……わたし憶えた」

「これも神の巡り合わせでしょう」


 非常食はどれも高評価。

 食べてもらった四人には、後日どの非常食が冒険者に適しているかを相談させてもらう約束だ。


 ボクたちにまかせて! ってキルファさんは胸を叩いていたけど、ヨダレがダラダラしてたのが不安といえば不安かな。

 食事が終わればあとは寝るだけ。

 旅行じゃないんだから特にワイワイすることもなく、就寝することとなった。


「見張りはおれとロルフとキルファが交代でやるから、シロウとネスカは寝てていいぞ」


 とのライヤーさんのお言葉。

 なんでも、見張りはモンスターを警戒する大切な役目。

 素人である俺はともかく、普段からぽわぽわしてるネスカさんにも向かない役割なんだとか。


「まずはおれが見張りをやる。次がロルフでそん次はキルファな」

「承知しました」

「うん。わかったー」


 四人は荷物から毛布を取り出し包まる。

 キルファさんとネスカさんは地面に寝そべって、ライヤーさんとロルフさんは木を背もたれ代わりに。


「ん? あんちゃんも寝ていいんだぞ」


 そうは言ってくれても、時刻はまだ二〇時。

 いくら疲れているとはいえ、普段〇時過ぎに寝てる身としてはそう簡単に寝付けない。


「あはは、こんな時間に寝ることに慣れていなくて……」

「そうかい。毎日遅くまで起きてられるなんて、商人だけあってカネがあんだな」

「へ? なんで遅くまで起きてるとおカネがあることになるんです?」

「そりゃ夜中まで起きてるってことはロウソクやランプ、もしくは照明魔道具を使ってるってことだろ? どれも貴重なもんだ。酒場でもないのに気にせず使うなんて、貴族や大商人ぐらいなもんだぜ」

「ああ、なるほど」


 ライヤーさんの説明に、思わずポンと手を打ってしまう。

 インフラが整っている日本に住んでると忘れがちだけど、こっちの世界異世界にとっては明かりを灯すのだってそれなりの費用がかかるのだ。


 道理でアイナちゃんが早起きなわけだよね。

 こういった気づきを得られただけでも、冒険者に同行した意味があるってもんだ。


「寝れねーならもちっと話すか?」

「俺としては勉強になるから嬉しいですけど、見張りのジャマになりませんか?」

「話に夢中になって警戒を怠るようなヤツに、冒険者なんかできねーよ。そんで俺は冒険者になって一二年目だ。この意味はわかるな?」


 にやっと笑うライヤーさん。

 それに対し、俺もにやっと返す。


「ベテラン、ってわけですね」

「そういうこった」


 ライヤーさんが言うには、一人でやる見張りはヒマだから話相手がいた方が嬉しいそうだ。

 他の三人の睡眠のジャマにならないか心配したら、会話してるぐらいで寝れないほど繊細だと、やっぱり冒険者に向いていないらしい。


 冒険者を続けるのもなかなか大変なんだな。

 それから俺は、睡魔がやってくるまでライヤーさんと話すことに。


「へええ。冒険者って寝袋は使わないんですか」

「ああ。寝袋はあったかいけどよ、いざって時に動けないからな。冒険者はだいたいマントや毛布に包まって寝るんだ。見てみ、おれの仲間もそうだろ?」

「確かに。でも毛布だけじゃ寒くないですか? 今日はまだ温かい方ですけど……」

「まーな。いまはいいけどよ、冬なんか火を起こして暖を取らなきゃ死んじまうぐらいには寒いからな。かといって毛布の枚数を増やすとその分荷物になっちまう」


 ライヤーさんが、困ったもんだぜとばかりに首を振る。

 そして、


「あーあ、空間収納のスキル持ちがいれば荷物で悩まなくてもいいんだけどなぁ」


 不意に、ライヤーさんの口から『空間収納』の言葉が飛び出したじゃありませんか。

 これは自分のスキルについて知るチャンス。

 逃すわけにはいかない。だから俺は、さり気なく空間収納について訊いてみるみることに。


「空間収納のスキル……ですか?」

「ああ。あんちゃんも商人なら知ってるだろ? 一万人だか一〇万人に一人だか言われてる、あのスキルだよ」

「う、噂ぐらいなら」

「いいよなー。あんなスキルがあれば一生食いっぱぐれることがないよなー。なんでもよ、古代魔法文明時代のダンジョンにゃ、『空間収納のスキルの書』ってのが眠っているらしいぜ」

「も、もし発見されたらどれぐらいの価値があるんでしょうねー」

「だっはっは! 商人のあんちゃんがそれを言うかよ。あの空間収納のスキルの書だぜ? 収納量にもよるけどよ、荷馬車一台分の収納量でも貴族の屋敷が買えちまうぐらいは価値があるだろうぜ」


 マジですか!?

 俺そんな凄いスキル持ってるの??

 空間収納のスキル持ちなことを秘密にしていたのは、正しい判断だったみたいだな。

 偉いぞ俺。

 そして今度どれぐらいの量が入るのか試してみよっと。


 ライヤーさんと話すことによって、この世界の知識をいろいろと得ることができた。

 いつの間にやら二つのお月様が真上に昇り、昼間の疲れがほどよい睡魔を運んできた。


「いろいろ聞かせてもらってありがとうございました。やっと眠くなってきたんで、そろそろ寝ますね」

「おう。朝になったら起こすからそれまで――」


 そこで、ライヤーさんが身を起こし、剣に手をやる。


「ライヤーさん?」

「シッ! あんちゃん静かにしてくれ」


 ライヤーさんの様子がおかしい。

 まるでなにかを警戒……って、まさか!


「クソ。この気配……近づいてきてやがるな。キルファ、ロルフ、起きろ。悪いがあんちゃんはネスカを起こしてくれ。そいつ寝起きが悪いんだ」

「わかりました」


 ネスカさんの体を揺らす。


「…………ちょこ……おいしい……」

「ネスカさん! チョコの夢みてないで起きてください。緊急事態っぽいですよっ」

「…………ん? シロウ?」

「そうです士郎です。はやく起きて!」

「あんちゃんの言う通りだネスカ。さっさと目を覚まして魔法を撃てるように準備してくれ」

「……わかった」


 むくりと体を起こすネスカさん。

 他の二人――キルファさんとロルフさんは既に起きていて、もう武器を構えている。


「キルファ、なにかわかるか?」


 ライヤーさんの問いに、


「クンクン……。ダメにゃ。風下から来てるみたいでぜんぜん匂いがしないにゃ」


 鼻をヒクヒクさせたキルファさんが首を振る。


「それなりに知恵が回るモンスターのようですね」


 ロルフさんがメイスを握りしめた時だった。

 突然、後ろの茂みからガサガサと草木を掻き分ける音が聞こえてきた。

 反射的に振り返る。

 俺の視線の先、そこにはとても大きなクマの姿が。


「ちくしょう。よりによってマーダーグリズリーかよ」


 クマを見た『蒼い閃光』の四人は、険しい表情を浮かべるのだった。

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