第24話

 エミーユさんに見送られ銀月を後にした俺たちは、そのまま町の東にある森へと入っていった。

 いよいよ冒険者体験のはじまりだ。


 道なき森を進む『蒼い閃光』と非戦闘員の俺。

 隊列っていうのかな?

 斥候でネコ耳なキルファさんが先導し、その斜め後ろをリーダーのライヤーさん。


 真ん中は俺と無口な魔法使いのネスカさんで、最後尾は武闘神官のロルフさんだ。

 近接戦闘できる人を前後に置き、俺を守りながら進む。

 なんとも合理的なフォーメーションだと思う。


「あんちゃん、なるたけモンスターを避けて進むから安心してくれ」

「はい。ありがとうございます」

「ってなわけだ、任せたぜキルファ」

「ふっふ~ん♪ ボクに任せるにゃ」


 ライヤーさんの言葉に、キルファさんがどんと胸を叩いて答える。

 冒険者体験をしたい俺の無茶ぶりを聞いてもらった結果、今回の目的は薬草の採取になった。


 薬草を集め、町の薬師に売るのだという。

 町唯一の冒険者ギルドが機能していないから、薬師も材料が手に入らず困っているんだとか。


「なかなか見つからねぇな」


 焦れたようにライヤーさんがこぼす。

 探しているのは普通の薬草だけではない。この森でしか生えていない特別な薬草――上級薬草も探しているそうなのだ。


 だからモンスターとの戦闘は可能な限り避け、薬草探しに集中するとのこと。

 俺が同行できるのも、そんな理由からだった。


 上級薬草を探し求め、あっちへこっちへ。

 半日ほど森を歩きいくつかの薬草は見つかったけれど、本命の上級薬草は見つからなかった。


「やれやれ、やっぱアレはそう簡単にゃ見つからないか。しゃーない。今日はここまでだ。夜営の準備をするぞ」


 ライヤーさんの言葉で夜営の準備をはじめたのは、日が傾きはじめた頃だ。

 余裕があるうちに休むのが長く続けるコツなんだぜ、とライヤーさんは教えてくれた。

 以前俺が務めていたブラック企業の、波平ヘッドな社長に聞かせてやりたい言葉だぜ。


「薪を集めてきたにゃー」

「あんがとよ。そんじゃ、あんちゃんに売ってもらったマッチで火をおこそうぜ」


 ライヤーさんがマッチを種火にして薪に火をつけた。

 焚火ってなんかロマンチックだよね。なんていうか、たき火を見ているだけで心が落ち着いてくる。


「ホント、このマッチは凄いよな。こうやって簡単に火がつくんだからよ」

「シロウ殿に感謝ですな」

「いやー、ウチの商品を使ってもらえて、俺のほうこそ感謝ですよ」


 マッチの評判は上々なようだ。

 ロルフさんの話では、ニノリッチの冒険者の間では必須アイテム化しているそうだ。半分は仕事用。もう半分は転売用って感じらしいけどね。


「あんちゃんのマッチを王都で売ったら大儲けできそうだよな」

「いずれ王都の名立たる商会が、シロウ殿のマッチに目をつけるでしょうね」

「ハハッ、それな。ロルフの読みは当たるんだ。マッチが知れ渡るのも時間の問題だろうぜ。あんちゃん、そんときは思いっきり高く売りつけてやんな」

「ええー!? 高くですか?」

「そうだ。それも思い切りな。王都の商人はガメツイからよ、あんちゃんみたいな優しい奴はすぐにカモにされちまうぞ」

「それは気をつけないとですね」


 そんな感じにマッチトークに華を咲かせていると、不意にネスカさんが、


「…………ライヤー、お腹空いた」


 とポツリ。

 タイミングよくキルファさんのお腹が「ぐー」と鳴る。

 女子の二人は空腹のようだ。


「今日は歩きっぱなしだったもんな。そろそろ飯にするか」

「やったー。ボクお腹もペコペコにゃ~」


 ということで夕食になった。

 四人が背負い袋から、干し肉や硬そうなパンを取り出す。

 へええ。やっぱ野外活動がメインな冒険者の食事は質素なんだな。

 とか思いつつ見ていると、


「ん? シロウはゴハン持ってきてないのかにゃ?」


 なんかキルファさんに心配されてしまった。

 キルファさんは干し肉を半分に噛み千切って、


「ボクの半分あげようか?」


 と訊いてきた。

 俺は慌てて首を横に振る。


「あー、大丈夫です。ちゃんと自分の分は持ってきてますから」

「そっか。よかったー。ボクのゴハンが半分に減っちゃうかと思ったにゃ」

「誤解させてすみません。冒険者のみなさんがどんなものを食べてるか興味があったもので」

「ん? 冒険者に限らず旅人も商人も、移動中に食えるものなんてそういくつもないだろ」

「ライヤー殿の言う通りですな。現地で調達できたときは別ですが、我々は仕事中冒険中にこういった保存食を食べていますよ」


 ロルフさんが干し肉とカチコチのパンを見せてくる。


「なんかどっちも硬そうですね……」


 俺の素直な感想にライヤーさんが肩をすくめる。


「そりゃあ乾燥させてあるからな。……って待てよ。あんちゃんの飯は違うのか?」

「はい。俺のご飯はこれです」


 俺はリュックから自分のご飯を取り出していく。

 アルファ米を使った炊き込みご飯。

 パンやビスケット。

 チョコやバータイプの栄養食。

 各種缶詰。

 そして俺の大好きなカップ麺、とん兵衛。

 どれも災害用の非常食として、ホームセンターに売られていたものだ。


「…………これ、食べもの?」


 ネスカさんが首を傾げる。

 近くにあったチョコバー(袋入り)を手に取り、くんくんと匂いを嗅ぐ。


「そうですよ。見ててください」


 俺は缶詰の蓋を開け、四人に中身を見せる。

 四人が缶詰を覗き込む。


「これは鳥のお肉をタレで煮付けた食べ物です。こっちは甘いお菓子のビスケットとチョコレート。それでこれは――――……」


 俺は非常食を順番に説明していった。

 お湯を沸かして炊き込みご飯やカップ麺を作ったり、袋の封を切ってパンを出したり。

 四人は見たことがない食事の数々に目を丸くする。

 特にネスカさんなんか、口からヨダレが溢れ出ていた。

 まさかの食いしん坊キャラか。


「あんちゃん、一人でそんなにたくさん食べるのか?」


 俺の前に広げられた保存食の数はかなりある。

 とてもじゃないが、一人で食べきれる量じゃない。


「やだなぁ、これはみなさんの分も含まれてますよ」

「おれたちのも、だって?」

「ええ。実はこれ、ウチの店で出す商品にしようかと考えているものなんですよね。ですのでみなさんに食べて頂いて、感想を聞かせてもらえると助かります」

「そういうことなら任せてくれ! おいみんな、聞いた通りだ。あんちゃんのためにも食べてやろうぜ」

「わーい! ありがとにゃシロウ!」

「恵みを与えてくださるシロウ殿に、神々のご加護があらんことを」

「…………わたしはこれ食べる」


 四人がわっと非常食に手を伸ばす。


「な、なんだこれ? 『トンベェ』っつったか? なんの味付けだ! なんでこんなに美味いんだ!?」

「おいしー! シロウこれおいしーにゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「なんと柔らかいパンでしょう。神殿でもこれほどのものは食べたことがありません」

「…………甘くておいしい。シロウ、もっと頂戴」


 かくして、非常食の感想は四人とも「おいしい」で終わるのでした。

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