第23話

 次の日。

 エミーユさんが直々に冒険者を紹介してくれるとのことなので、二日続けて冒険者ギルド、『銀月』へとやってきた。

 アイナちゃんには、お店はしばらくお休みすると伝えてある。


 なんかアイナちゃんもやりたかったことがあるらしく、逆にお休みくれてありがとうと感謝されてしまった。

 店をオープンしてからはじめての連休だから、お母さんとゆっくり過ごしているといいな。


「失礼しまーす」


 ノックをしてから、恐る恐る扉を開ける。

 昨日、エミーユさんに追いかけ回されたことが、俺の新たなトラウマとして脳裏に刻まれたからだ。

 冒険者ギルドには、エミーユさんの他に四名の冒険者がいた。

 彼らが依頼を受けてくれた冒険者パーティに違いない。


「待ってましたよお兄さん」


 エミーユさんが爽やかな顔で俺を出迎える。

 昨日の欲望に満ちた顔がウソのようだ。


「さっそくお兄さんに紹介しますねぇ」


 エミーユさんは、大げさな身振りを交えて続ける。


「この人たちが銀月が誇る銀等級の冒険者パーティ『蒼い閃光』です。リーダーは――」

「おれだ」


 そう言って進み出たのは、髪を短く切りそろえたイケメンの青年……って、あれ?

 この青年、どっかで見たことがあるような……。


「おれが『蒼い閃光』のリーダー、ライヤーだ。エミィから冒険者の真似事をしたがってるヤツがいるって聞いてたけど、あんちゃんのことだったんだな」


 そう言いニカっと笑う青年を見て、俺は彼が誰だったのかを思いだした。


「ああー! 最初にマッチ買ってくれた冒険者の人だ!」

「覚えててくれたみたいだな。客の顔を忘れないなんてさすが商人だ」

「いやぁ、ライヤーさんは一番最初にマッチを買ってくれた人ですからね。そりゃ忘れませんって」

「そうかい。腕っこきの商人さまに顔を憶えてもらえて光栄だよ」

「煽ててもなにも出ませんよ。それに俺なんてまだまだ駆け出しの商人です」

「マッチなんて凄いものを売ってるのにか? まあ、いいさ。まずは仲間を紹介しよう」


 ライヤーさんが順番に仲間を紹介していく。


「コイツは神官のロルフ」

「はじめましてシロウ殿。道中よろしくお願いしますね」

「こちらこそですよ、ロルフさん」

「あんちゃん、神官つってもロルフを甘く見ない方がいいぜ。神官は神官でも、メイスを力任せにぶん回す武闘神官だからな。優しそうな顔をしてるけどよ、怒るとおっかないんだこれが」


 からからと笑うライヤーさん。なるほど、メイスか。

 ロルフさんは身長が一九〇センチはありそうで、体格もムキムキ。


 着ている神官服(?)がはち切れんばかりだ。もっと大きいサイズなかったのかと、ツッコミを堪えるのが大変なレベルで。

 怒らせたら怖いというのは、たぶん本当だろうな。


「次に、この眠そうな顔してんのが魔法使いのネスカだ」


 ライヤーさんがとんがり帽子をかぶった女の子の肩を叩く。


「……」

「ほらネスカ、シロウに挨拶しろ」

「…………ども」

「よ、よろしくネスカさん」

「見ての通りネスカは無口でな。でも魔法の腕は確かだから安心していいぜ。ちっとばかし詠唱がゆっくりなのが仲間としちゃハラハラするけどな」

「…………余計なお世話」

「そう思うなら詠唱をもっと早くしてくれ」

「…………考えておく」

「はぁ……。お前いつも考えるだけで終わるんだよな」


 ライヤーさんは深いため息をついたあと、気を取り直したように顔を上げる。


「そんでこっちが、」

「キルファだにゃ」


 少女が被っていたフードを取ると、そこには三角形の耳がピコピコと。


「その耳! ま、まさか猫の獣人ですか!?」

「うん。ボクは猫獣人ケットシーなんだにゃ」

「ケットシー!!」


 俺が鼻息を荒くしていると、


「ん? ひょっとしてあんちゃんは猫獣人が嫌いなクチか?」


 とライヤーさんが訊いてきた。

 これに対し俺は首を振り全力否定。


「まさか! こんな可愛い種族を――ネコ耳を嫌うわけがありませんよ!」

「そ、そうか」

「そうですよ!」


 ネコ耳は正義。

 世にあるいくつもの正義の中で、唯一絶対の正義こそがネコ耳だ。


「初対面なのに『可愛い』だにゃんて……ボク照れちゃうにゃ」


 キルファさんが頬に両手を当て、くねくね身をよじる。


「……キルファ、あんちゃんはお前を可愛いって言ったわけじゃないからな」


 ライヤーさんのツッコミも、くねくね真っ最中のキルファさんには届かない。

 やれやれとばかりに、ライヤーさんは困った顔を俺に向ける。


「いや、変に疑って悪かったな。依頼人の中には猫獣人ってだけで嫌う、クソみたいな連中がたまにいるからよ。てっきりあんちゃんもそんな連中の一人かと疑っちまった。すまねぇ」

「ネコ耳を嫌う連中ですって? 世の中には酷い人たちもいるんですね」

「あんちゃんの言う通りさ。だからおれたちはその手のクソ野郎共からの依頼は受けないようにしてんのさ」


 ライヤーさんが誇らしげに胸を張る。


「おれたちが辺境にあるこの町に来たのだって、そんなクソな連中に嫌気がさしてだからな」

「はにゃっ!? ねーねーライヤー、そういえばボクの紹介が終わってないにゃ」


 正気を取り戻したキルファさんから、ライヤーさんへ指摘が入る。


「おっとそうだったな。悪ぃ悪ぃ。……えーっと、どこまで話したっけ?」

「もういいよ。ボクが自分でするから」


 そう言うとキルファさんは、コホンと咳ばらいをひとつ。


「ボクは斥候レンジャーをやってるにゃ。偵察したり罠を見つけたりするのがボクの役目なんだー」

「もちろんキルファは戦闘もするぜ。ダガーも弓も使う」

「おおー。凄いですね」

「にゃっはっは。それほどでもあるんだにゃ」


 キルファさんが得意げに胸を張る。


「ま、キルファの一番の得意技は逃げ足なんだけどな」

「それは言っちゃダメなやつにゃ」


 ライヤーさんとキルファさんの掛け合いに、この場にいるほぼ全員が楽しげに笑う(ネスカさんだけ眠そうにしていた)。


「さて、そんじゃ早速森へ行くか。あんちゃん、準備と覚悟はできてるよな?」

「はい!」

「いい返事だ。なら出発するぞ」


 体格のいい武闘神官のロルフさん。

 無口な魔法使いのネスカさん。

 斥候のキルファさん。

 この三人に、リーダーで戦士のライヤーさんを入れた冒険者パーティ、『蒼い閃光』。


 俺はこの四人に同行し、いまから冒険者体験をはじめるのだった。

 どうか道中危険な目に遭いませんように、と祈りながら。

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