第22話

 エミーユさんに依頼内容を話したところ、


「ふんふん。つまりはお兄さんは冒険者に同行し、冒険者はお兄さんの身の安全を守りつつ普段の仕事をこなす、ということですねぇ?」


 と返ってきた。


「そうなりますね」

「ちょっと前例がない依頼ですけど、護衛依頼ということにしてもいいですか?」

「構いません。それで冒険者を紹介して欲しいんですけど、どうでしょう? 依頼に適した冒険者、誰かいますかね?」

「護衛となるとぉ、ある程度の実力が必要になっちゃうんですよねぇ」

「……やっぱり難しいですか?」


 なんせギルド内は閑古鳥。

 誰もかれもが『銀月』に見切りをつけ、マッチの転売に精を出してるって話だ。

 マッチの影響が、まさかこんな形で自分に返ってくるとは思わなかったぜ。


「んー……一組だけ適任な冒険者パーティがいますけどぉ、」

「いますけど?」

「高ランク冒険者なんで、依頼料が高いんですよねぇ」

「どれぐらいでしょうか?」


 そう訊くと、エミーユさんは両手でパーをつくる。


「四人組のパーティなんで、護衛依頼となると最低でも一日に銀貨一〇枚はかかっちゃうんですよぉ」


 四人組ということは、一人につき一日銀貨二枚と銅貨五〇枚の計算か。つまり日給二万五千円。

 前に読んだネットニュースによると、日本でボディーガードをひとり雇うと、八時間で五万円以上かかるらしい。

 それを基準に考えると、破格の安さといえる。


「お兄さんは二泊三日を希望してるんですよね? そうなると依頼料は銀貨三〇枚。そこに二割の手数料が乗って銀貨六枚。合計、銀貨三六枚もかかっちゃいます。お兄さん、払えるだけの資金はお持ちですか?」

「もちろんですよ」


 俺は銀貨の入った皮袋を取り出し、じゃらりとカウンターに置く。


「自分の命の値段をケチるつもりはありません。ここに銀貨一〇〇枚あります。この金額で依頼を受けてもらうよう、その冒険者パーティに交渉してもらえますか? なんならもっと払っても構いません」

「ひゃ、ひゃくっ!? もっと払えるぅぅっ!? 護衛依頼に百枚だなんて……ちなみにお兄さん、お仕事はなにしてるんですか?」

「駆け出しですけど、いちおう商人です」

「商人?」

「はい」

「商人というとぉ……あの商人ですかぁ? 安く買い叩いた物を何倍にも高く売って、儲けは独り占めする……あの商人?」

「なんか悪意が混ざった言い方ですけど、その商人です」


 そう答えた瞬間だった。

 エミーユさんは胸元のボタンを一つ、二つ、三つ目どころか四つ目までをも開け、髪をファサーとかきあげる。

 潤んだ瞳で俺の手を握り、


「お兄さん、アタシ……こう見えておカネ持ちが大好きなんですよぉ」

「そんなの最初から気づいてましたよ。エミーユさんはこう見えてどころか、どう見てもおカネ大好きじゃないですか」

「……てへ」


 エミーユさんはイタズラが見つかった子供みたいに、舌をペロッと出す。


「なにが『てへ』ですか。それよりどうなんですかエミーユさん。冒険者パーティにに交渉してもらえるんですか?」

「依頼料は十分なので大丈夫だと思います。アタシが直接交渉しますし。だからお兄さんは明日の朝、またここにきてください。そのときに依頼を受けた冒険者たちを紹介します。あと念のため森に入る準備もしてきてくださいねぇ」


 と、外したボタンを戻しながらエミーユさん。


「わかりました。ありがとうございます」


 礼を言い、頭を下げる。


「あ、大事なことを忘れていました。お兄さん、いっこ質問してもいいですかぁ?」

「どーぞ」


 俺が促すと、エミーユさんはなぜかもじもじしながらこう言ってきた。


「お兄さんの名前、教えてください」


 そういえば俺、まだ名乗ってなかったな。


「おっと、そういえばそうでしたね。失礼しました。俺は士郎尼田といいます。改めてよろしく」


 握手を求めて右手を伸ばしたら、がしっと強く握られた。


「よろしくねお兄さん。それともシロウ♡って呼んだほうがいいですかぁ?」

「なんかいま『シロウ』って呼ばれたときに怖気が走った気がするんですけど」

「ウフフ。気のせいですよぅ」

「……『お兄さん』のままでいいでいいです。というかそれで願いします」

「もうっ。お兄さんはホント乙女心をわかってませんねぇ」


 エミーユさんが口を尖らせる。


「すみませんね。でも俺はエミーユさんのおと――」

「アタシのことは『エミィ』って呼んでください」

「え、エミィ?」

「はい。仲のいい人はアタシのことをそう呼ぶんです。ウヘヘ、お兄さんはお金持ちだから特別ですよぅ。と、く、べ、つ♡」


 だからなんで胸元のボタンを外しはじめるのこの人?


「わ、わかりましたっ。わかりましたから手を放してください! そしてボタンを外さないください!」

「おにーさぁん……このあと時間ありますぅ?」

「ない! ぜんぜんない!」


 俺は首を全力でぶんぶん。


「ちょっとぐらい、いーじゃないです――」

「じゃあ今日は帰りますっ。また明日の朝に!」

「ああん。まってぇ~~~~~! おにーーさーーーん!!」


 呼び止めるエミーユさんを振り切り、俺はなんとか逃げ切ることに成功するだった。

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