第21話

 ウサ耳の彼女は、自らをエミーユと名乗った。

 若い彼女が冒険者ギルド『銀月』のギルドマスター代理になった理由は、とてもシンプルなものだった。


 彼女以外に、ギルド職員がいなかったのだ。

 いや、正確にはもうひとり若い娘がいたらしい。でも、ギルドマスターが夜逃げした翌日、なぜか彼女もいなくなっていたそうだ。


 結果、なし崩し的にエミーユさんがギルドマスター代理を務めることに。

 さすがにちょっと同情しちゃうよね。


「あのクソ野郎共、こっそり不倫してたんですよぉ。アタシが気づいてるともしらないで……。あっちでチュチュチュ。こっちでチュチュチュ。しまいにはギルドマスターの部屋でアハン♡ウフン♡。死んだ方がいいと思いません? はぁ~……ホント、いまごろ二人して死んでいないかなぁ。死んでないにしても、野盗にでも捕まって身ぐるみはがされた上、散々痛めつけられたあと奴隷商に銅貨五枚とかで売られててないかなぁ。しかも二人セットで」


 と、物騒なことを真顔で語るエミーユさん。

 銅貨五枚て……。人の命が五〇〇円かよ。

 怖いよ。怖すぎるよ。


「それはなんというか……お疲れ様でしたね」

「ありがとうお兄さん。優しいですね。アタシ、優しい人は好きですよ。……っといけないいけない。アタシに用があるんでしたよね?」

「そうだった。まずは、」


 俺はカレンさんの書いてくれた手紙を差し出す。


「これを読んでもらえますか? 町長からの手紙です」


 手紙を受け取ったエミーユさんの手が、「町長」のあたりでぴたっと止まる。


「……お兄さん、いま誰からの手紙って言いましたぁ?」


 その声音には、隠しきれない憎しみが滲んでいた。


「ちょ、町長です」

「ふぅん。お兄さんのいう町長って、あの・・町長ですかぁ?」

「ど、どの町長かな?」

「やだなぁ。この町の町長ですよぅ。バカみたいに胸が大きい、あのクソ○ッチのことですよぅ」


 あれ?

 いま『クソ○ッチ』とか聞こえたような気がしたけど……ばーちゃんの指輪、翻訳機能が壊れちゃったのかな?


「あ、あは。あはは、誰のことを言ってるかいまいちわからないけど、ニノリッチの町長カレンさんからの手紙ですよ。それ」

「へー。あの脳みそがぜんぶ胸にいっちゃったハクジョー薄情な女からの手紙かー……えい」


 ――ビリビリビリ。


 エミーユさんは手紙を読まずに破り捨てる。


「ああっ!? 手紙がっ。せっかく書いてもらったのに!」

「あの女からの手紙を持ってきたってことは、お兄さんもしってるのかな? あの女がしようとしてること」

「しようとしてること?」


 なにを言おうとしてるか想像はつくけど、ひとまずとぼけてみる。


「あの女、この町に別の冒険者ギルドを置こうとしているんですよ? アタシたち銀月を見捨てて。酷いですよねぇ。薄情ですよねぇ」

「は、はぁ」

「アタシ、不倫とか浮気って一番やっちゃイケナイことだと思うんですよぅ。パパとママも『一途でありなさい』ってアタシに教えてましたし。でもでもあのクソ女ったら、長い間ずっといっしょにやってきたアタシたち銀月を切り捨てて、別の冒険者ギルドを誘ってるわけじゃないですか? とんだアバズレですよねぇ」


 エミーユさんは一息に語ると、カウンターに置かれていた水をごくり。


「このアタシが土下座までしたのに、たった金貨一〇枚ぽっちも貸してくれないなんて……酷い」

「いやいや、金貨一〇枚ってけっこーな大金ですからね?」

「むぅっ。お兄さんはあの女の肩を持つんですか? あんな女、胸だけの行き遅れじゃないですか! アタシは――アタシはっ! カレンのことずっと友だちだと思っていたのに……」


 友だちだと思っていた相手を、よくもまあそこまで悪しざまに言えるよね。

 俺にはそっちの方が驚きだよ。こんなに軽い「友だち」って言葉、はじめて聞いたぞ。


 そういえば昔、ばーちゃんが言ってたっけな。

 頼みを断っても恨まないのが本当の友だちだって。

 ばーちゃん、あのときの言葉は本当だったよ。


「おカネがないと、銀月はもう終わりなのに……酷いよカレン。ずっと友達でいようねって約束したのにおカネを貸してくれないなんてさ。こんなの……もう終わりじゃない」


 再び水をごくり。


「終わり、ですか」

「うん。そうなの。お兄さん聞いてくれます? アタシの愚痴聞いてくれます?」

「構いませんよ。吐き出した方が楽になりますからね」

「ありがとうお兄さん。じゃあ甘えさせてもらおうかな?」

「どうぞどうぞ」

「最初はそう、あのいっつも濡れたゴブリンみたいな匂いがするクソギルドマスターが――――……」


 エミーユさんの愚痴は、ぶっちゃけかなり長かった。

 何度も「うんうん」と相槌を打ち、たまに「それは酷い!」とか「マジですか……」とか合わせつつ、胸に溜まった膿を吐き出させていく。

 愚痴は、たっぷり五時間続いた。


 ◇◆◇◆◇


 要約するとこんな感じだ。

 運営資金を持ち逃げした前ギルドマスター。

 もともと自転車操業だったこともあり、銀月はいきなり窮地へと陥る。


 なんせおカネがないのだ。

 冒険者がモンスターを狩っても素材を買い取れず、それどころか依頼の報酬さえ支払えないありさま。


 激昂する冒険者たち。

 エミーユさんに報酬を払えと詰め寄るが、ない袖は振れない。

 苦肉と策として保管していた各種素材を現物支給してはみたものの、こんどは商人に買い取ってもらう素材がなくなってしまった。


 ベテランは次々と去っていき、一部の冒険者パーティを除けば残ったのは最低ランクの年寄りや少年たちのみ。

 プライドを投げ捨て町長であるカレンさんに、「おカネを貸してください!」と土下座してみたものの、返ってきた答えは「すまない」のひと言だったそうだ。


「万策尽きたとはこのことですよぅ」

「エミーユさんって、その若さで苦労してんですね」

「そうなんですよぅ。もう泣きたいんですよぅ」


 えぐえぐと泣き真似をするエミーユさん。


「お兄さんは、最近町に流れてる『まっち』とかいうアイテムを知ってます? そのマッチを西にある交易都市に持っていくと、買った値段の何倍にもなって売れるそうなんですよ」

「へ、へええ」


 もちろん知ってます。

 だってマッチを売ってるのは俺だから。


「銀月に所属してた冒険者たちは、その『マッチ』を買って交易都市まで売りにいってるそうなんです。一昨日なんか、『お前んとこの仕事よりずっとカネになんだよ!』って、アタシ暴言吐かれたんですよ? ふざけてますよねぇ。いままで稼がせてきたのは『銀月』なのに……」


 エミーユさんは後ろの棚から酒瓶を取り出し、コップにどぼどぼ注いでいく。

 やっぱり水じゃなかったか。


「これは単純な疑問なんですけど、なんでエミーユさんはギルドここに残ってるんですか? 本来の責任者だったギルドマスターが夜逃げしてるんです。エミーユさんも仕事を放り出して逃げちゃえばいいじゃないですか?」


 ブラック企業で叩いていたとき、何度仕事を投げ出そうと思ったことか。


「もうっ、お兄さんには乙女心がわからないんですね」

「エミーユさんの胸の内なら、さっきまで散々聞かされてましたけどね」

「さっきのは愚痴ですぅ。いま言ってるのは乙女心ですぅ」

「はいはい。俺がわるーござんした。それで、どうしてなんですか?」


 俺の質問に、エミーユさんはコップの中のお酒をぐびり。

 空になったコップをカウンターにドンと置き、口元を拭う。


「秘密ですぅ。言いませぇーん」

「……」


 あれ?

 俺のこみかめがピクピクいってるような気がするぞ。

 深呼吸、深呼吸っと。


「あぁー。お兄さんのその顔はアタシのことめんどくさい女だと思ってますねぇ?」

「…………思ってないですよ」

「思ってますぅ! 顔に書いてありますぅ。アタシのこと、とっても可愛いけどちょっとだけおバカさん。でもそんなところもまた可愛い、そんなふーに思ってるでしょ?」

「どんな顔だよ……」

「フンだ。お兄さんの用件は終わりましたよね? お帰りはあちらですよー」


 出口を指さしてエミーユさん。


「いやいや、帰りませんって」

「あのクソ○ッチのお使いできたお兄さんと話すことなんて、アタシにはひとつもないですよーだ」

「散々愚痴を聞いてくれた相手にそれは酷い」

「フンだ」


 エミーユさんは頬をぷくーと膨らませ、そっぽを向く。子供か。


「まあ聞いてください。エミーユさんとカレンさん――町長の関係がこじれていることは理解しました。それならいったん手紙のことは忘れてください」

「もう忘れてますぅ」

「ならよかった。じゃあ改めて……」


 俺はオッホンと咳払い。

 にこやかな営業スマイルをつくる。


「エミーユさん、冒険者ギルド銀月に依頼を出したいんですけど、受けてもらえるでしょうか?」


 その言葉の効果は抜群だった。

 カウンターに上半身を寝そべらしていたエミーユさんが、がばっと起きる。


「ご依頼ですねぇ。用件をお聞きしまーす」


 エミーユさんは、変わり身がすごい早かった。

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