第19話

「というわけでカレンさん、俺ちょっと冒険者の人に同行してみようと思うんですよね」


 ここは役場にある町長の執務室。

 椅子に座るカレンさんは、机越しに俺のアイデアを聞き、


「……シロウ、君は本気で言っているのか?」


 やや呆れ気味に訊き返してきた。


「ええ。本気です。冒険者たちが何を必要としているかを知るには、やっぱり冒険者に同行するのが一番だと思うんですよね」


 俺が思いついたことはいたって簡単。

 冒険者と行動を共にし、冒険者がなにを必要とし、どんなアイテムが売れそうかを実地で調査しようと考えたのだ。

 話を聞くだけじゃ、わからないことって多いからね。


「この町で冒険者が行くところは東の森しかない。そしてあの森は君が考えているよりずっと危険なところだぞ?」

「覚悟の上です。ああ、でも危ないことはしませんよ。薬草……でしたっけ? 薬草や鉱物の採取に向かう冒険者たちに同行できればと考えています。なんだったら冒険者を護衛として雇い、森で何日かキャンプするだけでも構いません」

「ふむ。それなら危険は少なそうだな」

「ですよね。だからカレンさん、」


 ここからが本題とばかりに身を乗り出し、


「どなたか冒険者を紹介してもらえませんか?」


 とカレンさんに言う。


「やれやれ、『銀月』を切り捨てようとしているわたしに頼むことか。無茶を言うな君は」

「あはは、頼れる相手がカレンさんしかいなくて」


 この町唯一の冒険者ギルド、『銀月』。

 カレンさんは、銀月とは別の冒険者ギルドを新たに招こうとしている。

 そりゃ頼む相手を間違えていることは重々承知しているさ。でも、俺の知り合いっていったら、アイナちゃんかカレンさんしかいないんだ。

 だったら大人のカレンさんに頼むしかないじゃんね。


「しかし冒険者か……。さて、どうしたものか」


 カレンさんが細いあごに手を当てる。


「やっぱり難しいですかね?」

「難しいな。正直に話すと銀月のギルドマスター代理と、町長であるわたしの関係はいま最悪なのだ」

「なんと……。それって理由を訊いても大丈夫なやつですか?」


 そんな質問を投げると、


「……君になら話してもいいか」


 カレンさんは俺の顔をチラ見してからそう言った。


「昨夜、銀月のギルドマスター代理がわたしのところにきてな、こう言ったんだ」


 数秒の溜めのあと、カレンさんはため息と共に続けた。


「……『どうかおカネを貸してください』、とな」

「これまたストレートな要求がきましたね」

「まったくだ」

「ちなみに金額は?」


 カレンさんは、再びため息をひとつ。

 頭痛に耐えるような顔をしながら。


「……金貨一〇枚と言われたよ」

「えぇっ!? き、金貨一〇枚?」 

「そうだ。せめて桁がひとつ少なければわたしも考えたんだがな。金貨一〇枚はどうやっても無理だ。辺境の町にそんな大金があるわけがない」


 金貨一〇枚といえば、日本円で一,〇〇〇万円だ。

 冒険者ギルド『銀月』は、いうなれば潰れかかった会社のような状態。

 そんなところに公的資金を注入してしまっては、最悪共倒れになってしまう。

 町長の立場としては、断らざるを得なかったんだろう。


「そんなことが……。でもわかりました。そのギルドマスター代理の要求を断った手前、俺に冒険者を紹介してもらうよう頼みづらい、というわけですか」

「そういうことだ。冒険者を使うにはギルドを通さなくてはならない。まあ、これは慣習のようなものだがな。わたしが直接冒険者に依頼してしまうと、銀月の面子を潰してしまうことになる」

「でしょうね」

「いま説明したようにわたしとギルドマスター代理の関係は最悪だ。しかし、依頼を出すには銀月を通さなくてならない」

「はい」

「いちおうわたしからギルドマスター代理に手紙を書いておこう。だが、期待はしないでくれよ」


 カレンさんは机に置かれている羽ペンを手に取り、インクをつける。

 紙にサラサラとペンを走らせ、


「……これでいいだろう。シロウ、君は銀月へ行き、ギルドマスター代理にこの手紙を渡したまえ」

「ありがとうございます」

「感謝するのはわたしの方だ。外様の商人である君が、縁もゆかりもない町のために尽くしてくれるのだからな。シロウ」


 カレンさんは椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。


「町の発展のために尽力してくれて感謝する。君の働きには必ず報いるから、いまは甘えさせてくれ」

「なに言ってるんですか。町の人たちに甘えてるのはむしろ俺のほうですよ。いっぱい儲けさせてもらってますからね」


 俺は指をくっつけ輪っかをつくり、茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべる。


「ふふ、君は本当に懐が深いな。……本当にありがとう」


 こうして俺は、カレンさんのお手紙を携えて冒険者ギルド、銀月へと向かうのだった。

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