第17話

 アイナちゃんが寝ぼけてしまった次の日。

 俺は、アイナちゃんにお休みをあげることにした。

 休みを告げると、アイナちゃんは「おやすみなんかいらないよ」って言っていたけれど、疲れが溜まっていることは明らか。


 新しい仕事って、慣れるまで時間がかかるものだしね。

 しかし、アイナちゃんは働くと言って聞かない。

 アイナちゃんは意外と頑固なのだ。ならばと俺は、ここで店主(「店主」にルビ オーナー)権限を行使。

 切り札で以て、アイナちゃんに強制的な休みを与えることに成功したのだった。

ぷくーとほっぺを膨らませていたけれど、仕事は体が資本。ブラック企業で働いていたからこそ、そう思う。

 アイナちゃんには、しっかり休んで疲れを抜いてほしいところだ。


「……ふぅ、めっちゃ忙しかったな」


 当たり前のことだけど、この日の仕事はかなり忙しかった。

 マッチを求めるお客を、たった一人で迎え撃つ。

 ワンオペのしんどさを身を以て体験することができた一日となった。


「忙しいけど、働いた分だけおカネになるって幸せだよね」


 今日もマッチは完売。

 各種用意したマッチは、銀貨と銅貨に変わっている。


「店舗販売になって今日で六日目か。お客も転売で儲けているのか、どんどん客単価が上がっているんだよなー。そろそろ個数制限を導入するべきか」


 マッチ小(銅貨五枚)が、三〇〇個売れて銅貨一,五〇〇枚。

 マッチ大(サービス期間が終わり銅貨五五枚)が、一〇〇個売れて銅貨五,五〇〇枚。

 サバイバルマッチ(銅貨五〇枚)が、一〇〇売れて銅貨五,〇〇〇枚。

 総額、銅貨一二,〇〇〇枚(一,二〇〇,〇〇〇円)。


 ここからマッチの購入資金である八,一二五〇円を引いた、一,一一八,七五〇円が本日の純利益だ。

 これを六日間続けているので、店舗を構えてから得た利益はなんと六,七一二,五〇〇円となる。

 びっくりだよね。一週間足らずで六七〇万円だよ?

 これを一年も続けてしまったら、いったいいくら稼げてしまうんだろうか。


「一年だけ真面目に働けば、一生ニートになれるかもしれないな……」


 そしたら毎日アニメ見たりゲームしたりして、怠惰な日々を送ろう。

 心の中で人としてダメな誓いをたてていると、 


 ――トントン。


 扉をノックする音が聞こえた。

 窓から外を見ると、そこにはカレンさんの姿が。


「どうもカレンさん。わざわざ様子を見にきてくれたんですか? 見ての通り、商売は絶好調! 今日も完売御礼ですよ」


 得意げに言ってみたけれど、


「いや、様子を見にきたわけではない」


 カレンさんは首を横に振る。


「うーん。それは残念。じゃあどんな御用で?」

「今日は君に頼みがあってきたんだ」

「頼み?」

「そうだ」


 聞き返す俺に、カレンさんはやや深刻っぽい顔で頷く。

 こりゃ大事な話みたいだな。


「ふむ。話は中で聞きます。ささ、どうぞ入ってください。……って、ここはカレンさんの家でしたね」

「なに、いまは君が借りているんだ。家主ではあるが、人を招き入れる権利は君のものだよ」

「なるほど。じゃあ、改めてどうぞ入ってください」

「フフッ、おじゃまするよ」


 俺はカレンさんを二階の休憩室へ案内する。

 ソファに座ってもらい、俺はお茶を出してから対面の椅子に座る。


「じゃあ聞かせてもらいますか? 俺に頼みたいこととは、どんなことでしょう」

「その前に……この町に冒険者ギルドがあることは知っているか?」

「ええ、もちろんですよ。えーっと……たしか冒険者ギルド『銀月』、でしたよね。合ってます?」

「ほう。ギルドネームまで知っているのか。耳聡いな」

「うちのお客には冒険者の方が多いですからね。それぐらいは」


 市場に買い物にくる人も、半分以上が冒険者だった。

 冒険者という存在が、町の経済に大きな影響を与えていることは明らかだ。


「なるほど。では君は『冒険者ギルド』がどういう仕組みで回っているかは知っているか?」

「いちおうは」


 俺は冒険者のお客から聞いた話を思い出す。

 冒険者ギルドとは、簡単に説明すると日本における派遣会社のようなものだ。

 そしてギルドに所属している冒険者は、日雇い労働者のような立場にある。


 早い話が、冒険者ギルドが受注した仕事を冒険者に割り振り、報酬の中から何割か手数料として引いて利益を得て運営されている組織なのだ。


 町にとって冒険者は貴重な存在。

 報酬さえ払えば家畜や人を襲うモンスターを倒してくれるし、薬を調合するのに必要な、薬草やキノコなんかも採取してきてくれる。


 なにより産業が乏しいニノリッチにとって、町に一番おカネを落としてくれるのが冒険者たちだ。

 冒険者ギルドが町にあるだけで、その町を拠点として活動する冒険者が定住し、また、冒険者が狩ったモンスターの素材目当てに商人が訪れる。


 人が集まれば必然的におカネも集まる。おカネが集まればもっともっと人が集まる。

 経済的な意味においても、町にとって冒険者ギルドの存在は非常に大きいのだ。

 そんな感じのことを説明してみたところ、


「それだけ詳しいのなら話は早い。これはまだ公にはなっていないのだがな……」


 カレンさんは俺に顔を近づけ、やや声のトーンを落とす。


「ニノリッチ唯一の冒険者ギルド、『銀月』のギルドマスターがな、」

「ぎ、ギルドマスター!?」


 出た! 冒険者ギルドを統べる存在、ギルドマスター!

 少年心をくすぐらずにはいられないパワーワードのひとつ!

 俺は年甲斐もなく、胸が「トゥクン」と高鳴るのを感じた。

 異世界といえば冒険者。

 あいにく俺にはモンスターと戦う力はないけれど、『冒険者ギルド』という存在への憧れはある。すっごいある。


「ギルドマスターがどうかしたんですかっ? なにかあったんですか? もー、早く教えてくださいよー」


 鼻息荒く急かす俺に、カレンさんはポツリと。


「……夜逃げしたそうだ」


 ため息と共に吐かれた予想もしない言葉に、俺の思考は一瞬停止。


「………………へ? い、いまなんて言いました? よ、よに――えぇ!?」

「この町唯一の冒険者ギルドで、ギルドマスターを務めていた者が夜逃げした。それもギルドの運営資金を持ってな。おかげで残された職員は慌てふためき、所属していた冒険者たちは町を離れようとしているそうだ」


 カレンさんはどこか諦めたような口調。


「ちょっとカレンさん、それ大事件じゃないですか!」

「ああ、そうだとも。町にとっては大事件さ。故に町長としては早急に手を打たねばならない」

「というと?」

「実は以前から、中央(「中央」にルビ 王都)の冒険者ギルドが支部をこの町に置きたがっていてな」

「え、ちょっと待ってください。ニノリッチにある冒険者ギルドと、いま言った支部を置きたがって冒険者ギルドって、別の組織なんですか?」


 俺の質問に、カレンさんは戸惑った顔をする。


「ン、君は冒険者ギルドが複数存在することを知らないのか?」

「ふくすう?」

「本当に知らないようだな……」

「不勉強ですみません」

「いいさ。説明しよう。シロウ、いま話したように冒険者ギルドはこの国に複数存在する」

「それって冒険者ギルドの支部のことですか?」

「違う」


 カレンさんは首を横に振る。

 支部のことじゃないのか。


「冒険者ギルドについて教えよう。そもそも冒険者ギルドとは――――……」


 カレンさんが冒険者ギルドについて説明をはじめた。

 ギルドの成り立ちからはじまり、その役割。規模や国に対する位置づけなど。

 要点をまとめると、だいたいこんな感じだった。


 荒くれ者が多い冒険者をまとめあげた組織、冒険者ギルド。

 試験をクリアすれば身分証を兼ねた資格証を与えられ、ギルドでランクに応じた仕事を受けることができる。

 この辺は俺が説明していた部分と同じだ。しかし、カレンさんの次のひと言で俺はとても驚くことに。


「そして冒険者ギルドは、いくつものギルドが存在するのだ。支部だけではなく、冒険者ギルドそのものがな」


 カレンさんの話では、この国だけでも『冒険者ギルド』を運営する組織がいくつかあるらしい。


「ひと口に冒険者ギルドといっても一枚岩ではない。資金も人材も豊富な冒険者ギルドもあれば、この町にある『銀月』のように潰れかかった冒険者ギルドもある」

「あー、はいはい。完全に理解しました。なるほど。そゆことでしたか」


 つまりはこうか。

 冒険者ギルドは一つの組織を指す言葉ではなく、日本でいう新聞社やテレビ局、あるいはプロレス団体のように運営組織がいくつも存在するわけか。


「君でも知らないことがあるのだな。少し驚いたよ」

「あはは、どちらかというと知らないことの方が多いですけどね」

「そう言えるのは君の美徳だよ。……話を戻そう。ニノリッチに支部を置く件だが、いままでは『銀月』に配慮し断り続けていた。支部を置くにはその町の長――つまりわたしの許可が必要だからな。しかし、こんな状況だ。わたしはこの申し出を受けようと思っている」

「町に必要な『冒険者』という人的資源を失うかどうかの瀬戸際ですからね。正しい判断だと思いますよ」

「ありがとう。君にそう言ってもらえると胸が軽くなる」


 自分の胸に手を当てたカレンさん。

 やっと少しだけ笑ってくれた。


「シロウ、ここからが本題だ」

「はい」


 きりっと真剣な顔に戻るカレンさん。

 つられて俺も居住まいを正す。


「申し出を受ければ、近いうちに冒険者ギルドの者が視察にくることになるだろう」

「それはつまり、正式に支部を置くかどうかの判断をしに、ということですか?」


「その通りだ。彼らの狙いは森に現れたと聞く珍しいモンスターなのだろうが、それだけでは不安が残る。そもそも、目的のモンスターがいなければ支部を置く話自体立ち消えてしまうかもしれない」

「あり得る話ですね」

「ああ。そこで君の出番だ」

「俺の?」

「そうだ。シロウ、君が扱っているマッチを視察の者に見せてほしいのだ」

「それは構いませんけど……マッチを見せることになにか意味があるんですか?」

「ある」


 カレンさんは即答する。


「わたしは君が扱っている『マッチ』を他の町で見たことがない。何度か行ったことがある王都でもだぞ? 思うに、『マッチ』は君にしか扱えない商品ではないのかな?」

「……そこはノーコメントでお願いします」

「誤解しないでくれ、君の素性を明かして欲しいわけではない。ただ、マッチがこの町にしかないアイテムだとしたら、視察にきた者の興味をひけるのではないかと思ったのだよ」

「話はわかりました。つまりニノリッチの町としては、その視察にきた人に『冒険者にとってモンスター以外にも価値のある町』と思ってもらいたいわけですね? 少しでも支部を置いてもらう可能性を高めるために」

「その通りだ。さすが腕利きの商人だな。理解が早い」

「あはは、だから違いますって。うん、でもわかりました。視察の方の心にグッとくるアイテムを用意しておけばいいわけですよね?」

「頼めるだろうか?」

「もちろんですよ」

「……すまない。恩に着る」

「気にしなくていいですよ」

「それでもだ。シロウ、ありがとう。君に無理ばかり言ってしまう私をどうか許してほしい。この礼は町長の名に懸けていつか必ず報いることを約束する」

「あはは、そんな深く考えなくていいですよ。人は助け合って生きているんです。俺はこの町で――町長であるカレンさんの政策のおかげで儲けることができました。こんどは俺が恩返しする番ですよ」


 俺の言葉に、カレンさんは目を丸くする。


「……そうか。君は優しいな。では、そろそろおいとましよう」


 そう言い残すと、カレンさんは店から出ていった。

 店にひとり残った俺は、腕を組んで考え込む。

 要は、視察の人が気に入るような道具を用意しておけばいいわけだろ?

 ならマッチ以外にもいろいろと用意しておいたほうがよさそうだな。

 さーて、なにを用意しようかなー。

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