第16話

 店を開くにあたって、俺とアイナちゃんは商売用に服を新調することに。

 俺は真っ赤なジャケットにネクタイ。

 アイナちゃんのは町の服屋で購入した、腰布と色を合わせたフリフリのスカートが可愛らしい服だ。

 服を新調したことで、不思議と気持ちも引き締まった。

 心身共に充実したなか、俺とアイナちゃんは店をオープンする。

 そして、商売をはじめて五日がたっていた。


 ただいまプレオープン中のお店は、今日も大賑わい。

 町に住む人全員にマッチが行き渡るどころか、五周はしていてもおかしくないぐらい売っているのに、未だ完売の毎日ときた。

 それはなぜか?

 馴染みのお客から聞いた話によると、どうやらマッチを買った誰かが別の町での転売に大成功し、結構な利益が出たそうなのだ。

 その話が町中に広まると、住民がマッチを求める亡者となり店に押し寄せてくるようになった。

 おかげで俺もアイナちゃんも大忙し。


「ごめんなさい! 今日の分のマッチは売り切れました!」

「「「ええぇぇぇ~~~~~!!」」」


 そんなわけで午前中にはマッチが完売し、昼には営業を終了する。

 午前中しか営業していないのに、閉店するころには俺もアイナちゃんもヘトヘトだった。


「シロウお兄ちゃん、お店のおそうじおわったよ」

「ありがとうアイナちゃん。いまお茶を淹れるから、先に二階で休んでて」

「ん、アイナもお手伝いするよ?」

「いいっていいって。掃除が終わった時点でアイナちゃんのお仕事は終わりなんだからさ」

「……うん」

「そゆことだから、アイナちゃんは二階で待っててね」

「ありがとう、シロウお兄ちゃん」


 アイナちゃんは頷き、階段をとととと上がっていく。

 俺は二階にある部屋のひとつを休憩室として使っていた。といっても、ばーちゃんの家から持ってきたソファとローテーブルを置いてあるだけだけどね。

 キッチンに置いてあるカセットコンロ(これもばーちゃんの家から持ってきた)でお湯を沸かし、ノンカフェインの紅茶を淹れる。

 紅茶の入ったポットが一つに、カップが二つ。それとお菓子をお盆に乗せて、いざ二階へ。


「お待たせアイナちゃん。紅茶を淹れてきたよー……って、あらら」


 ソファを見ると、


「すー……すー……」


 仕事で疲れたんだろう。

 アイナちゃんがすやすやと寝息を立てていた。


「寝ちゃったか」


 お盆をローテーブルにそっと置く。

 毛布を手に取り、寝ているアイナちゃんにかけた。


「まだ……八歳なんだよな」


 八歳といったら、日本だと小学二年生とか三年生ぐらいだ。

 そんな歳でもう働いているなんて、異世界はけっこうなハードモードだと思う。


「小学生のころなんか、毎日ばーちゃんか友達と遊んでいたよな」


 昔を思い出していると、


「……ん……ぅん……」


 不意に、アイナちゃんの目がゆっくりと開いた。


「やべ。ごめんアイナちゃん。起こしちゃ――」

「あ……おとーしゃんだぁ」


 嬉しそうに――本当に嬉しそうに微笑むアイナちゃん。

 これはひょっとしなくても寝ぼけているな。


「おーいアイナちゃん、俺だよ。士郎だよー」


 試しに手を振ってみたけれど、アイナちゃんの目はとろんとしたまま。

 どうやらまだ夢の中にいるようだ。


「……おとーしゃん、あいなねぇ……ずっとずっと、まってたんだよ」


 アイナちゃんが両手を広げる。


「……だっこ。だっこしておとーしゃん」


 目の前にいるアイナちゃんは、俺の知ってるアイナちゃんではなかった。

 そこには、親に甘える年相応の女の子がいたのだ。


「い、いいよ」


 数秒悩んだあと、俺はアイナちゃんを優しく抱き上げる。


「こう?」

「うん。ふわぁぁ……おとーしゃん……やっとだっこしてくれたぁ……」


 寝ぼけて俺を『お父さん』と勘違いしたアイナちゃん。

 俺の首に手を回し、ぎゅっと力を込める。


「おかーしゃんもねぇ……おとーしゃんのことのことずっとまってたんらよぉ……。おかしゃーんのことも……だっこして、あげ……て……すー……すー……すー……」

「……え? また寝ちゃった? マジかこれ」


 俺に抱っこされて安心したのか、アイナちゃんは再び夢の世界へと旅立ってしまった。

 俺は抱き上げたときと同じように、優しくアイナちゃんをソファヘと戻す。

 ソファに寝かし、毛布をかける。

 天使のような寝顔で眠るアイナちゃんを、俺はじーっと見つめた。


「……『おとーさん』、か」


 アイナちゃんに、なにか事情があることは薄々感じてはいた。

 いつもニコニコとしているけれど、ふとした瞬間に思いつめたような顔をするときがあったからだ。


「アイナちゃん、俺にできることがあったらなんでも言ってね。そのときは全力で助けるからさ」


 そんな俺の言葉が聞こえたのか、ソファで寝る無垢な天使様は嬉しそうな顔をするのだった。


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