第15話
早朝。俺は自宅の襖を潜って異世界にログイン。
まだ人通りが少ない市場を通り、昨日町長から貸してもらった店(家)へ。
「おはよー、シロウお兄ちゃん」
やっぱりアイナちゃんは早起きだった。
今日はがんばって六時に来たのにもういるとは……やるな。
昨日アイナちゃんにバイト代として支払った銀貨一〇枚は、話し合いの結果、今月分の『給料』ということになった。
アイナちゃん曰く、日給としては額が大きすぎるし、そもそも町の大人たちだって月に銀貨一〇枚も稼いでいないからこんなに貰えない、とのこと。
いいよいいよと言う俺に、ダメだよダメだよとアイナちゃん。
そこで妥協案として、銀貨一〇枚でひと月働いてもらうことに落ち着いたわけだ。
アイナちゃんがひと月働いてくれるからには、俺も店を最低でもひと月やっていないといけない。
俺は昨日のうちに役場へ申請し、店舗契約を一月分結んできた。
三〇日で銀貨九枚。日本円だと九万円。ブラック企業で貰っていた給料の、実に半月分だ。
額が大きくなると、やる気も起きるというもの。
一人で店舗を持つのはちょっとだけ不安だったけど、アイナちゃんが手伝ってくれるならきっと大丈夫に違いない。
というわけで、今日からがんばるぞい。
「おはようアイナちゃん。今日は商売しないで
「うん。アイナもそのつもりできたよ。ほらっ」
アイナちゃんが手に持っていたバケツと雑巾を見せてくる。
準備万端ってわけか。小さいのにしっかりしてる子だ。きっとご両親の教育が素晴らしかったんだろう。
「やるなアイナちゃん。すげー心強いよ。じゃー、開けるよ?」
「うん」
町長から渡された鍵を使い、店の中に入る。
つんとホコリっぽい空気が鼻を刺激した。
「へええ。店の内装はきれいだな」
店内は奥にカウンターがあり、左右の壁には棚が置かれていた。
掃除さえ済まして商品を並べれば、すぐにでも営業ができそうだった。
「まずは窓を開けて……っと。よーし。掃除するぞー」
「おー」
俺が手を突き上げると、アイナちゃんも同じポーズをする。
そして俺たちは掃除をはじめた。
ホウキでホコリを集め、水を絞った雑巾で床も棚も拭いていく。
一階の掃除が終わったところで、次は二階へ。
二階は四部屋あり、これもアイナちゃんと二人で掃除をする。
家具がまったくなかったから、時間があるときに揃えてみようかな。
アイナちゃんと一緒にがんばった結果、昼になる頃にはお店も二階の部屋もピカピカになっていた。
「ふぅ……。掃除に本気を出したのは、年末の大掃除以来だな」
「お店、きれいになったねぇ」
アイナちゃんがにっこりと笑う。
そんなタイミングで、
「失礼するよ」
町長のカレンさんがやってきた。
「ほう……見違えるようだな」
クールビューティーな町長が店内を見回して言う。
「こんにちは町長」
「わたしのことはカレンでいい」
「なら俺のことも士郎でいいですよ」
「アイナもアイナでいいよ」
「そうか。ではシロウ、アイナ、改めてよろしく頼む」
カレンさんが握手を求めてきた。
俺とアイナちゃんは順番に手を握る。
「それでカレンさん、今日はどうしたんですか?」
「ああ、今日は君たちに差し入れを持ってきたんだ。昨日は無理を言ってしまったからな。その詫びのようなものだよ」
そう言うとカレンさんは、手に下げたバスケットから、サンドイッチらしき料理を取り出した。
茶色いパンに野菜がサンドされている。
「君たちの口に合うといいんだが。よかったら食べてくれ」
「ありがとうございます。ちょうどお腹が空いてたんですよね。食べよう、アイナちゃん」
「うん」
カレンさんからサンドイッチを受け取り、口に運ぶ。
「食べながらでいいので聞いて欲しい。ひとつ、シロウに教えてもらいたいことがあってな」
「お、なんです? なんでも訊いてください」
「シロウお兄ちゃん、きっと町長はシロウお兄ちゃんに『こいびと』がいるかしりたいんだよ」
俺の耳元で、アイナちゃんがぼしょぼしょと。
しかし惜しいことに、音漏れが激しくカレンさんの耳にも届いているっぽい。だってほら、顔が赤くなってるからね。
カレンさんを見てイタズラ心をくすぐられた俺は、アイナちゃんの言葉に便乗することに。
「そ、そういうことか! カレンさん……俺、彼女はいません! ドフリーです!」
「そんなことを訊きにきたのではないっ!!」
俺とアイナちゃんのボケを全力で否定するカレンさん。
いちいち顔を赤くしちゃうところが可愛いよね。
「まったく、町長であるわたしをからかってくるのは君たちぐらいなものだぞ」
「だってさアイナちゃん。もうカレンさんをからかっちゃダメだよ?」
「ん、シロウお兄ちゃんもね」
「…………君たちからは反省を感じないな」
カレンさんがジト目を向けてくる。
「冗談ですよ。冗談。それより訊きたいことってなんですか?」
「なに、大したことではない。優秀な商人である君が、なぜ辺境にある人口500人程度の小さな町にひと月も店を出すのか気になってね。その理由を教えて欲しいのさ」
とカレンさん。
ひと月店を出すことを申請したのは昨日なのに、もう知ってるなんてさすが町長だ。
それとも移転してくれと言った手前、俺を気遣ってくれているのかな?
どちらにせよ、真面目に答えないとだ。
「まず、先に断っておきますけど、俺はカレンさんの言うような『優秀な商人』なんかじゃないですよ。むしろ商人になったばかりの駆け出しです」
「冗談はよせ。買った者から見せてもらったが、あの『まっち』とやらは駆け出しが扱えるような『商品』ではなかったぞ」
「たまたま運がよかっただけですって」
「謙遜を。まあ、君が言うのならそういうことでもいいさ。だが、なぜ一月もこの町に留まるのかが理解できない。町長であるわたしが言うのも情けない話だが、『まっち』を他の町や都市で売れば、もっと儲けることもできたのではないか?」
不思議だとばかりにカレンさん。
俺は腕を組み、「ふむ」と考え込む。
ばーちゃんの家から直でこの世界にきた俺は、ぶっちゃけ他の町を知らない。ぜんぜん知らない。
だからといって、「実は異世界の日本って国からからやってきました」と打ち明けるわけにもいかないんだよな。
さーて、なんて返事しよう?
「そうですね……」
悩んだ末、自分の気持ちを――町への想いを正直に話すことにした。
「理由はいくつかありますけど……うん。単純にこの町が気に入ったからですね。まだニノリッチにきて四日目ですけど、俺はこの町のことが好きになったんだと思います」
俺の回答に、カレンさんは目をぱちくり。
「……それは、本気で言っているのか?」
「ええ、本気ですよ」
「目立った産業はなく、一向に税収もあがらない。行商人からは足元を見られ、職人もほとんどが居つくことなく他所へと行ってしまう。唯一ある冒険者ギルドだって、いつ潰れてもおかしくない有様だ。そんな辺境にある町を、商人である君が気に入ったと?」
「はい。とっても気に入りましたよ。だって、」
俺は視線を隣にいるアイナちゃんに移す。
「一生懸命働いてくれるアイナちゃんに、」
視線をカレンさんに戻し、続ける。
「他所からきた俺にも気を使ってくれる優しい町長もいるんです。こんなの町ごと大好きになっちゃいますよ。ああ、もちろん儲けさせてくれたから、ってのもありますけどね」
冗談めかしてそう言ったところ、
「シロウ、君は……」
カレンさんの瞳がじわりと潤む。
あれ? ちょっと感動してる?
「あ、いや、なんでもないっ」
涙が出そうになって焦ったんだろうな。
カレンさんはさっと顔を逸らし、さりげなく目元を拭う。
そして背を向けたまま、
「……シロウ、この町を好きと言ってくれてありがとう。町長として、これほど嬉しい言葉はない」
「いえいえ。俺のほうこそ余所者なのに商売させてくれてありがとうございます」
「フッ。では失礼する。君の商売が上手くいくことを祈っているよ」
カレンさんはそう言い残すと、店から出て行った。
その背中を見送ったあと、アイナちゃんがとことこと俺の傍へとやってきた。
「シロウお兄ちゃん、お店がんばろうね!」
カレンさんの話を聞いて、なにか思うことがあったのかもしれない。
アイナちゃんは両手をぎゅっと握り、気合を入れている。
「そうだね。一緒ににがんばろう」
「うん!」
アイナちゃんの頭をなでなで。
一ヵ月だけとはいえ、今日からここで商売をするんだ。
ばーちゃんもよく言ってたっけ。
『何事もやるときは真剣におやり。それが将来の自分のためになるんじゃよ』
って。
うん。いまならあのときの言葉の意味がよくわかるぜ。
よーし。やるからには全力でがんばるぞ。
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