第14話
突然現れた美人町長。
「町長が俺になんの用でしょう?」
「君に会いにきた理由はいくつかあるが……まず、君のような優秀な商人がわたしの町で商売をしてくれたことの礼を言わせておくれ。ありがとう。この町の町長として感謝しているよ」
「いえいえ、こちらこそ商売させていただきありがとうございます」
日本だったら商売するのに申請手続きとか、もの凄く大変だもんね。
それがフリマ感覚で商売できる上、めちゃくちゃ利益が出てるんだから、本当にありがたいことだ。
「ほう……。驚いたな。この町にくる商人は居丈高な者ばかりなのだが、君は違うようだ」
「へええ、そうなんですか」
「ああ。ニノリッチの町は辺境にあるからな。商人たちは誰もかれも『荷を運んできてやった』という態度の者ばかり。町に必要な品は高く売りつけられ、こちらの生産物は安く買い叩かれる。そのせいで町の財政は一向に潤わない。そういった状況を打破したくて、わたしはこの『市場』を作ったのさ」
美人町長はそう語ると、誇らしげに市場を眺める。
「さて、では本題だ。まずはこれを受け取ってほしい」
町長がそう言って渡してきたのは、なにかの『鍵』だった。
「鍵? なんですこれ?」
まさか「わたしの部屋の鍵だ」とか言わないよな。
恋愛ドラマにありがちな「実は部屋を取ってあるんだ」、みたいな。
「わたしの家の鍵だ」
「ふぁっ!?」
まさかの正解に変な声が出ちゃったぜ。
俺に一目ぼれってやつか?
一目見たときから決めてました的な。
「おや? なにか勘違いしているようだな。それはもう使っていない家の鍵だぞ」
突如、アイナちゃんが叫ぶ。
「わかった! 町長はシロウお兄ちゃんといっしょにくらしたいんだ!」
「なんだってー!?」
「ケッコンだよ! シロウお兄ちゃんとケッコンしたいんだよ!」
アイナちゃんに乗っかって過剰にリアクションをしていると、町長は顔を真っ赤にして、
「ち、違うぞっ! 決して独り身だから将来性のある旦那を見つけたいとか……そ、そんなこと絶対に思ってないぞ! 町長の名に誓って絶対!!」
全力で否定してきた。
こんなにも美人なのに、町長ってば未婚だったのか。まー、俺もずっと彼女がいないから人の事言えないけどさ。
「オッホン! ……話を戻そう。今日はだな、君にある頼みをしにきたのだ」
「け、結婚のですかっ!?」
「違う!!」
軽くふざけてみたら、やっぱり町長は顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を横に振った。
見た目はクールな美人さんなのに、ひょっとしたら恥ずかしがり屋なのかも。
「いいかね、その鍵が付いている家はこの市場の奥にある……ほら、ここからでも見えるだろう? あそこだ」
町長は細い指先で市場のずーっと奥の、通りからは少し外れにある一軒の家を示す。
二階建ての家でそこそこ大きい。都内だったら土地付きで一億円はしそうだ。
「あの家は一階が店舗にもなっていてね。君には明日からあの家の一階で商売をしてもらいたいのだ」
「俺が店を?」
「そうだ。実はこの市場にいる他の商人から苦情がきていてな。『あんなに大勢に並ばれては売れるものも売れない』と。大半がやっかみだろうが、町長としては無視するわけにもいかない」
なるほど。目の前で行列を作られたら、そりゃ他の露店にとっては迷惑以外の何物でもないか。
日本でも人気店の行列が、隣の店や近隣住民への迷惑になっている、なーんて話をよく聞くもんね。
「話はわかりました。確かにあそこなら市場のある通りからちょっと離れていますし、ほかの方の迷惑にはなりにくそうですね」
「理解が早くて助かる。無論これはわたしから頼んだことだ。出店費用はいまのままで構わない。必要なら契約期間中は二階にある部屋に住んでもいい。この条件でわたしの頼みを受けてはくれないだろうか?」
契約した出店期間は残り三日。
三日間だけとはいえ、本来なら一〇日単位でしか契約できない店舗型での商売を経験できるのは貴重だな。
まさかマッチ売りの青年から、たった二日で店を持つまでに急成長するなんて思ってもなかったぜ。
死んだばーちゃんも天国でダブルピースしながら喜んでいることだろう。
「無理を言っているのはこちらだ。望むなら出店登録費用の返金にも応じよう。わたしが町長の権限でしてやれるのはここまでなのだが……どうだろうか?」
町長が訊いてくる。
「シロウお兄ちゃん、お店やるの?」
アイナちゃんはワクワクしながら俺の答えを待っている。
俺は腕を組み、少しだけ考えたあと、
「わかりました。そこまで気を使ってくれたら断れませんよ。ぜひ店を持たせてください」
と答えるのだった。
「すまない。感謝する」
「こちらこそですよ町長。では三日の間、町長のお宅をお借りしますね」
「好きに使ってくれ。多少壊してくれても文句は言わんよ」
「やだなー。大切に使わせてもらいますって」
俺と町長は互いに笑い合い、握手を交わす。
異世界でマッチを売って、まだ二日。
幸運にも恵まれた俺の商売は、店を持つまでに成長していた。
ちなみに、帰り際バイト代の銀貨一〇枚を見たアイナちゃんは、悲鳴のような声を上げ立ったまま気絶していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます