第10話


 俺は小さいマッチを一〇〇個。

 大きいマッチを五〇個持ってきていた。

 露店契約した五日間で半分ぐらい売れればいいな、とか思っていたんだけど――


「あんちゃん! このデカイ方の『まっち』をくれ!」

「お兄さん! あたしは小さい方を貰うよ!!」

「ならおれはどっちもだ! どっちもくれ!」


 俺が日本から持ってきたマッチは、異世界で大人気どころか超人気だった。

 一二個入りで二五〇円のマッチ(小)と、一個二五〇円のマッチ(大)が、一〇倍以上どころじゃない値段で飛ぶように売れていく。


 一応マッチが湿気や水に弱いことも伝えたんだけど……欲しがるお客は途切れない。対して、マッチは大小合わせても一五〇個しかない。

 当然、即完売となったし、買えなかったお客もたくさんいた。


「すみません。今日の分はもう売り切れてしまいました」

「そんな……もうないのかい?」


 町人のおばちゃんが呆然と言う。

 なんかとっても切ない顔をしているぞ。

 俺はそんなおばちゃんににっこりと笑いかける。


「ご安心ください。明日もここでマッチを販売します。今日買えなかった方には明日の分の整理券をお渡ししますので、ここに一列で並んでもらえますか?」

「整理券? 聞いたことがないねぇ」


 おばちゃんが首を傾げる。

 おっと。異世界じゃ整理券はメジャーじゃなかったか。


「優先的にお売りすることを約束した証文のことです。いまからお渡しする整理券を持ってきてくれれば、明日はその方から優先してお売りします」


 集まっている人たちが、「ほおー」と感心する。


「また、事前に必要な個数を教えてくれれば、きっちりご用意しておきますよ。さあ、ここに並んでくださーい」


 びしっと手をあげると、みんな素直に並んでくれた。

 俺は一人ひとり個数を聞き、メモ帳に書いてはちぎって渡す。

 いま渡してるメモ帳が、明日の整理券の代わりとなるのだ。


 並んでいる人数は、一〇〇を超えている。なかにはさっき買った人も混じっていた。

 俺はメモ帳をちぎっては渡し、ちぎっては渡し、なんとか並んでいた全員に渡し終える。


「ふぅ……まだお昼前だよな? 五日どころかたったの一時間で完売しちゃったよ」


 持ってきていた缶コーヒーを開け、ひと息つく。

 メモ帳を見ると、『正』の字がたくさん書かれている。

 明日は、少なくともこの字数だけマッチを用意しなくてはいけない。


「うへぇ……俺ひとりで捌けるかな?」


 今日だけでも一〇〇人以上の客がいた。

 この分だと明日はもっと来るだろう。


「ま、やるしかないか。がんばって稼ぐぞー!」


 大きく伸びをしてから、片づけをはじめる。

 レジャーシートを畳んでいると、


「シロウお兄ちゃん、今日のお仕事はおわり?」


 たたた、と駆け寄ってきたアイナちゃんが話しかけてきた。


「うん。持ってきたマッチが全部売れたからね。今日はもう店じまいさ」

「そうなんだー。いっぱい売れてよかったね、シロウお兄ちゃん」


 アイナちゃんが嬉しそうに笑う。


「ホントよかったよ。アイナちゃんの方はどう?」


 俺がそう訊くと、アイナちゃんは花が入ったカゴをさっと背中に隠し、


「んとね……あんまり売れてない……かな?」


 と恥ずかしそうに言った。


「そっか……」

「お花、きれーなのになんで売れないんだろう?」


 そう呟いたアイナちゃんの目に、じわっと涙が浮かぶ。


「アイナちゃん……」

「あ……な、なんでもないっ」


 アイナちゃんは首を振り、ゴシゴシと服の袖で涙を拭う。


「シロウお兄ちゃん、アイナまたお花売ってくるね」

「ちょっと待ったー!」


 駆け出そうとしたアイナちゃんの、その手を掴む。


「……シロウお兄ちゃん?」

「アイナちゃん、ちょっと俺の話を聞いてくれないかな?」

「おはなし?」

「うん」

「なぁに?」


 見あげてくるアイナちゃんに、俺は、


「アイナちゃん、よかったら明日お店を手伝ってくれないかな?」


 バイトのオファーを出した。

 突然のオファーに、アイナちゃんは目をぱちくり。

 数秒きょとんとしてから――


「え? え? え……ええぇぇぇーーーーーーっ!?」


 と、もの凄く驚いていた。


「シロウお兄ちゃん……いいの? アイナをシロウお兄ちゃんのお店ではたらかせてくれるの?」

「うん。明日はすっごく忙しくなりそうでね。俺ひとりじゃぜんぜん手が足りないんだ。だからアイナちゃんが手伝ってくれればすっごく助かるんだよね。あ、もちろんお給金は弾ませてもら――」

「やる! やります! アイナをシロウお兄ちゃんのお店ではたらかせてくださいっ」


 アイナちゃんが食い気味に言ってきた。

 鼻息をふんすふんすと荒くして、真剣な眼差しを俺に向けてくる。


「ありがとうアイナちゃん。人手が足りないから本当に助かるよ」

「ううん。ありがとうはアイナのほうだよ。アイナのほうが……ありがとうなんだよぉ」


 アイナちゃんの目に、再び涙が溜まりはじめる。

 でも、今度は拭おうとしなかった。


「アイナね、がんばってお花売ってるんだけどね、しょーばいがへたっちょだからね、ぜんぜん売れなくてね……すっごくすっごくこまってたの」


 足元に雫が落ちていく。


「だからシロウお兄ちゃん、ありがとう! ほんとうに……ほんとうにありがとう!」


 アイナちゃんは、涙を流しながら感謝の言葉を言い続けていた。

 バイト代は思いっきり弾もう。

 俺はそう心に誓うのだった。


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