第9話

「あんちゃん、なんだそれは!? いまのどうやったんだっ!?」


 青年は大興奮。

 大声で叫ぶもんだから通行人も足を止め、こっちに注目しているぞ。

 日本だったら、確実にサクラを疑われる驚きっぷりだ。


「も、もう一回やってみせてくれ!」

「いいですよ」


 手に持つ火のついたマッチを消し、箱からもう一本取り出す。


「よーく見ててくださいね」


 マッチ棒の先端を箱の側面で擦り、火が付く。


「「「「おおお~~~!!」」」」


 今度は通行人も一緒になってどよめきが起こった。

 ほとんどは冒険者だけど、なかには町人っぽい人の姿も。


「なんだそれ!?」

「いま擦っただけで火がついたよな? な? な?」

「どうやったんだ? 魔法か!?」

「バカお前。火を起こすのにわざわざ魔法を使う奴がいるかよ。いまそこの兄ちゃんはそこの道具で火を起こしたんだよ」

「嘘つけ。そんな道具見たことも聞いたこともないぞ」

「いまこの目で見たんだよ!」


 などなど。

 マッチの存在はちょっとした騒ぎになっていた。


「あんちゃん、その火をつけるの……俺でもできるか?」


 冒険者の青年が真剣な顔で訊いてくる。

 俺は頷く。


「ええ。もちろんできますよ。ここ見てください。この棒の先っちょが赤くなっているでしょう? この赤い部分は発火性のある薬が塗ってあって、この箱のザラザラしたヤスリの部分に擦ると火が付くように作ってあるんです。よかったらやってみます?」

「い、いいのかっ!?」

「いいですよ。こーゆーのって、自分で試してみないとですもんね。さあ、遠慮なくどうぞ」

「……とか言って、カネを取るつもりじゃないだろうな?」

「あはは、こんなので取りませんよ。さあ、試してみてください」


 俺はマッチ棒と箱を青年に手渡す。

 青年は震える手でマッチ棒を持ち、しゅっと擦る。


「……本当についた。俺でも火がついたぞ!!」

「「「「「おおおおおおお~~~~~~~~~~っ!!」」」」」


 再び起こるどよめき。

 なんかもう、どよめきっていうか歓声に近かった。


「見てるみなさんもやってみます?」


 そう訊くと、みんな「やる!!」と即答していた。

 俺はマッチ棒を渡し、順番に火をつけてもらう。

 なかには一回で点かなかったりマッチ棒が折れちゃうひともいたけど、そういう人でも二回、三回目と擦るうちにちゃんと火をつけることができた。つまり、この場にいる全員がマッチの有用性を体感したことになる。


「こんなに簡単に火が……なんて凄いんだ」


 感動に打ち震える冒険者の青年。

 俺はすかさずセールストークだ。


「火打石だと、火を起こすのに時間がかかりません?」


 俺の言葉に、冒険者の青年が頷く。


「ああ。あんちゃんの言う通りだ。おれは気が短いからどうにも火打石が苦手でな。かと言って火を起こすためだけに魔法を使ったり、バカ高いくせに重たい魔道具を買うのもアホらしいだろ?」

「ですよねですよね。でもこの『マッチ』なら、誰でも簡単に火を起こすことができるんです。こっちの小さい箱にはマッチが四〇本。大きい箱には八〇〇本入っています。おひとつどうですか? きっと冒険に役立ちますよ」


 青年がごくりと喉を鳴らす。

 そして――


「あんちゃんの言う通り、その『まっち』があれば冒険がぐっと楽になるだろうよ。でもよ……いったいいくらで売ってんだ? こんだけ便利なもんだ。さぞかし高いんだろう?」


 ついに待っていた質問がやってきた。

 店に集まっている人たちの顔にも同じ質問が書かれている。

 俺は青年に顔を近づけ、


「いくらだと思います?」


 と、あえて訊いてみた。

 価格設定を丸投げすることにより、この世界でのマッチの価値を計ろうと考えたからだ。


「これだけ便利なもんだし……その上、先端には薬剤も付いてるわけだろ? となると火打ち石よりは値が張るんじゃないか?」


  昨日市場を見て回ったとき、火打ち石の着火セットは安くて銅貨五〇枚(五千円)。高いと銀貨二枚(二万円)とかだった。

 生活や冒険に欠かせない道具だからか、それなりの値段にはなるみたいだ。


「そうだな――」


 青年が四〇本入りの小さいマッチを指さし、


「こっちの小さい箱には『まっち』が四〇本入ってるんだったよな?」

「はい。そうです」

「なら最低でも銅貨八〇枚はするんじゃないか?」


 なるほど。

 冒険者視点では、一本につき銅貨二枚の価値があると考えたわけか。

 俺の考えを裏付けるかのように、この場にいる他の冒険者もうんうんと頷いている。しかし一方で、町の住民――特に主婦の方々の表情は暗い。

 冒険者の青年が言った値段では、まるで手が出ないって感じだ。


 さーて、ここからが勝負どころだ。

 商売には、大きく分けて二通りのやり方が存在する。


 ――貴重な物を高く売るか、安い物をたくさん売るか。


 前者は一回の取引額は大きいけど、商品の値段が高い分、買い手の数は限られてくる。

 後者はたくさんの人が買えるけど、一個一個の利幅は小さい。

 どちらも一長一短。

 俺が選んだのは――


「残念。大外れです。小さい方は一個銅貨五枚。八〇〇本入りの大きいマッチ箱は、通常価格銅貨五五枚のところを、オープン記念で三日間に限り特別に銅貨四〇枚でのご提供です!」


 通販番組を真似した俺の言葉に、青年が即座に叫ぶ。


「買ったっ!!」

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