第8話

 申請をした翌日。

 俺は日本から『商品』を持って市場へと来ていた。

 午前中の早い時間ということもあり、往来は少ない。


「よーし。お店を出す準備をしますか」


 といっても露店だから地面にレジャーシートを敷き、その上に商品を置くだけだけどね。

 俺に与えられたスペースは六畳ほど。東京でやってるフリマの倍ぐらいの広さだ。

 リュックから商品を取り出し、大きさの違う箱をいくつもシートに並べていく。


「おっし。準備おっけー」


 準備が終わったタイミングで、


「あ、シロウお兄ちゃんだー」


 市場の向こうから、アイナちゃんがたたたと駆け寄ってきた。


「おはよ、シロウお兄ちゃん」

「おはようアイナちゃん。今日も花売りかい?」

「うん。はやおきして摘んできたんだよ」


 そう言って、カゴいっぱいに入った花を見せてくる。

 これだけの数の花を摘むのは大変だったと思う。

 きっと、凄く早起きしたんだろうな。


「うわー。キレイなお花ばかりだね。きっとたくさん売れるよ」

「うん! アイナね、いっぱい売ってね、おかーさんに楽させてあげるの!」


 アイナちゃんがふんすと気合を入れる。

 今日のアイナちゃんは、いろんな表情を見せてくれるな。『お友だち』ぐらいにはなれたのかもしれない。

 ちょっと嬉しいよね。


「じゃあ、シロウお兄ちゃん、またね!」

「ああ。またあとで」


 アイナちゃんは俺に手を振ったあと、


「お花いりませんかー」


 と道行く人に声をかけていく。

 たくさん売れるといいな。

 アイナちゃんみたいな可愛い女の子が日本の往来で花を売ってたら、一瞬で完売すると思うんだけどね。


「お花――あ、ごめんなさい。…………あのっ、お花いりませんか?」


 声をかけながら歩き回るアイナちゃん。

 いつの間にか、ここからじゃ見えなくなっていた。

 まだ小さいのにお母さんのためにがんばってるアイナちゃんは、本当に偉いと思う。


 よーし。俺もがんばって売るぞー。

 だんだんと人通りが増えてきた。冒険者の姿もちらほらと。


「あんちゃん、ここはなにを売ってる店なんだ?」


 不意に、いかにも冒険者ですって感じの青年が声をかけてきた。

 俺が露店に並べている箱を手に取り、しげしげと見ている。呼び込みする前に来てくれるなんてツイてるぞ。


「これは……紙でできた箱か。工芸品かなにかか?」


 俺の商品が物珍しかったんだろう。

 青年が訊いてきた。


「ああ、それはですねー」


 俺は並べてある箱を一つ手に取り、中に入っていた短くて細い棒を取り出す。


「マッチといって、箱の中に種火になる棒が入っているんですよ」


 日本から持ってきた商品のひとつが、いま手に持っているマッチだった。

 アイナちゃんから聞いた話では、この世界じゃ火打石をカチカチして種火にすることが主流で、毎回火を起こすのに苦労しているそうだ。


 魔石なるものを使った火起こしの道具もあるにはあるけど、とても高価で一般家庭はもちろん、中堅冒険者でも手が出ない値段なんだとか。

 その話を聞いた俺は、種火として有用なマッチを商品として持ち込んでみたのだ。


「んん? 『まっち』? 聞いたことがないな。その細い棒がどうしたら種火になるんだ?」

「見ててください。この棒の頭の部分で箱のザラザラしたヤスリ部分を擦ると――」


 俺は取り出したマッチ棒で、箱の側面を擦る。

 すると、一瞬でぼっと火が付いた。


「ほら。こうして簡単に火がつくんですよ」


 俺が『マッチ』をプレゼンしてみたところ、冒険者の青年は、


「な、な、な、なんだそれはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ありえないぐらいビックリしていた。

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