第5話
「お花……いりませんか?」
花売りの女の子が持つカゴには、色とりどりの花が入っている。
ぎっしり入ってるってことは、あまり売れていないんだろう。
「君、お花売ってるんだ?」
俺はしゃがみ込んで女の子と目線を合わせる。
女の子はこくりと頷く。
「せっかくだから一本もらおうかな? いくらだい?」
俺がそう言うと、女の子の目が驚きで開かれた。
まさか買ってもらえるとは思ってもみなかった、って顔だ。
「ひとつ銅貨さん……え、えと。に、二枚だよ……です」
「銅貨二枚か」
「あ、あ、た、高い……ですよね? い、一枚でもいいですっ」
女の子がわたわたしながらも、必死になって話す。
俺が大人だから緊張してるのかもしれないな。
「よーし。じゃあこの黄色い花をもらえるかな? はい、銅貨三枚」
「え、え? 銅貨三枚?」
「君、最初三枚って言おうとしたでしょ? ならその金額でいいよ」
女の子は顔を真っ赤にして、
「ほんとうに……さ、三枚でいいの……です?」
と訊いてくる。
なんか小動物みたいで、恐る恐るって感じだ。
敬語に慣れてないあたりも可愛いよね。
「いいよ。その代わりと言っちゃあなんだけど、ちょっと教えてもらいたいことがあるんだ」
「……教える? お兄ちゃんに?」
「そ、俺に」
俺が笑うと、女の子もちょっとだけ微笑んだ。
「……うん。いいよ。なにがききたいの……です?」
俺は花を受け取り、女の子に銅貨を三枚渡す。
そして女の子にいろいろと訊くことに。
「いろいろ訊きたいんだけど……うん。まずは君の名前を教えてくれるかな?」
「アイナだよ……です」
「ははは。ムリに敬語なんて使わなくていいよ。こっちまで緊張しちゃうしね」
そう言って笑いかけると、
「……うん」
固かったアイナちゃんの表情が少しだけ和らだ。
緊張がほぐれてきたのかもしれない。
「じゃあアイナちゃん、俺は尼田士郎……ん? こっちだと士郎・尼田になるのかな? まー、士郎って呼んでくれ。よろしくね」
俺は右手を差し出す。
アイナちゃんはじーっと俺の手を見たあと、
「よろしく……シロウお兄ちゃん」
と握手に応じてくれた。
「それじゃ、すっごく変なこと訊いて悪いんだけど……この町の名前を教えてくれないかな?」
訊かれたアイナちゃんはきょとん。
「町のなまえ?」
「うん。俺はほら、御覧の通り旅人でね。さっきこの町に着いたばかりだから、知らないことばかりなんだよ。よかったら町のことや風習について教えてくれないかな?」
「そうなんだ。んとね、この町はね――――……」
アイナちゃんのおかげで、俺はこの世界の情報を仕入れることができた。
まず、いまいる場所はギルアム王国の辺境にある町で、名はニノリッチ。
通貨の種類は、銅貨、銀貨、金貨の三種類があって、銅貨一〇〇枚で銀貨一枚、銀貨が一〇〇枚で金貨一枚に交換できるらしい。
町人の平均月収は銀貨八枚ほどで、金貨を持っている人はほとんどいないんだとか。
金貨一枚が一〇〇万円の価値なら、日本で札束を持ち歩くようなもんだ。
そりゃ金貨を持ち歩く人なんかそうそういないよね。
「ふーん。月収が銀貨八枚かー。あれ? この国の一月って、何日なのかな?」
とさりげなく訊いてみたところ、
「一月は三〇日だけど……シロウお兄ちゃんの国はちがうの?」
との回答をいただいた。
こっちの世界は一年が一二の月に別れていて、一月はぴったり三〇日。
そこに年末年始と祖霊をお迎えする日が二日間加わった、三六四日がこの世界における一年になるとのことだった。
んー、おしい! 地球と一日違いだ。
そんでやっぱりここは市場で、なんと役場に届け出さえすれば誰でも――それこそ子供のアイナちゃんでも商売をしていい場所なんだそうだ。
「ふむふむ。なるほどねー。じゃあさ、俺でもその役場に届け出ればお店を出せるのかな?」
「……うん。出せるよと思うよ」
「そっか。それはいいことを聞いたぞ」
それってつまり、異世界で商売ができるってことじゃんね。
日本の物をこっちに持ってきて売れば、楽して稼ぐことができるかもしれない。
もっと詳しく訊いてみよう。
でもその前に――
「アイナちゃん、もっとお花を売ってもらっていいかな?」
「……え?」
「そうだなー、あと一〇本ぐらいもらっていい?」
「……」
アイナちゃんってば、もの凄くビックリした顔をしているぞ。
口をパクパクさせている。
「シロウお兄ちゃん……じょうだんだよね?」
「冗談なもんか。部屋に飾るにしても一本だけだと寂しいでしょ?」
死んだばーちゃんは花が好きだった。
だから俺は、仏壇にお花をお供えしようと考えたのだ。
近所の花屋で売ってるのより、アイナちゃんから買った花の方が、ーちゃんも喜ぶ気がする。
「……あ」
俺はカゴから花を一〇本引き抜く。
一本銅貨三枚だから、ぜんぶで銅貨三〇枚だ。
「はい。銅貨三〇枚」
銅貨をアイナちゃんにじゃらじゃらと。
「お、おカネがこんなにたくさん……」
瞬間、アイナちゃんがじわっと涙ぐむ。
小さいうちから働くアイナちゃんにとって、銅貨三〇枚(三〇〇〇円)の重みは俺と違うんだろうな。
俺も子供のときは、一〇〇〇円が大金だったもんな。
「ありがとう……シロウお兄ちゃん」
「いいんだよ。こっちこそキレイなお花をありがとう」
「……えへへ。お花をきれいっていってくれて……アイナうれしい」
アイナちゃんは泣きながらも小さく微笑む。
「あ、そうだ。俺に役場の場所とか、この市場でお店を出す手続きのことを詳しく教えてくれないかな?」
アイナちゃんはごしごしと涙を拭い、にっこり笑う。
「いいよ」
「ありがと。じゃあさっそく役場の場所を教えてもらえる?」
「アイナが連れてってあげる。こっちだよ」
「え、マジで?」
まさか役場まで案内してくれるとは思わなかったから、びっくりだ。
「こっちこっち~」
アイナちゃんがぴょんぴょん跳ねながら手招きし、俺はその小さな影についていくのだった。
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