2杯目 とうもろこしひげ茶
「ぐわんぐわんします」
「はぁ、なるほど」
ここは最寄り駅近くの喫茶店【蛍茶屋】私はここのお店が大好きだ。
店主も好きだし、お店の雰囲気も好き。そして何よりこのお店のサービスを気に入っている。
「―――体調がよろしくないようですね」
いつもふわっと笑うのに今日は眉をひそめ、何か思いつめるような表情を見せた。
「体調がよろしくない、というか、あれです。毎月の」
「なるほど。ブランケットをご用意いたしますね」
「ありがとうございます」
「いえ、それからお茶も直ぐにご用意しますね」
一礼すると、彼女は足早に去っていった。いつも向かうカウンター奥ではなく、別方面に向かったようなので、ブランケットを持ってきてくれるみたい。
ここの喫茶店は飲料のメニューがなく、彼女が直々にお客のお話を聞いて、チョイスしていくスタイルだ。人によるかもしれないが私はこれがとても楽に感じる。
近頃のカフェメニューは飲食共にカタカナの羅列で、それはもう魔法の呪文みたい。もう何でもいいから、となってしまう。
一転、ここは自由に表現できる。初めて来店したときは白湯が出された。
あの時はコーヒー付の毎日で体調が連日のように悪く、喉が常に乾いている感覚だった。
「水分補給はしているんですけれど、最近喉がよく乾いて、体調も悪いんです」という些細な体調不良の一言を聞き取って、彼女は白湯を頼んでいた軽食を持ってきた。最初は戸惑った、え、水?みたいに。
「水分補給ってちゃんと、水分とってますか?ジュースとか、コーヒーじゃなくてお水」語弊はあるけれど、お代はいらないから、これを飲めって言われた。
体の半数以上を水分が占めているだけあって、お水は強かった。心なしか肌の調子も良くなったものだ。
「どうぞ」
いつの間にか隣に来ていた彼女からブランケットを受け取る。ペンギンの総柄ブランケットだ。
「相変わらず、ペンギンがお好きなんですね」
「はい、春限定の軽食メニューにもペンギンを入れ込む予定です」
ふわっと笑いながら、カウンター奥へひっこむ。お茶の用意かな。
今日はホットサンドと、毎月恒例のヤツによりぐわんぐわんしている私に合うお茶を注文した。ホットサンドメーカを新しく新調したらしい。
――――なんでもオーダーメイドだとか。
そんな話を聞いたら注文したくなるでしょう、商売上手なんだから。
しばらくして、ホットサンドとすこし黄みがかった飲み物を目の前に置かれた。
ホットサンドの焼き目に、端の方に控えめなペンギンマーク。なるほどねそういうオーダーメイドか。中央には HOTARU と印字されていた。
そして、飲み物。見た目は少し味薄めのお茶って感じ。香りはとても香ばしい。
「この香り――玄米茶みたいね」
「確かに香ばしい香りですが、こちら、とうもろこしひげ茶です」
とうもろこしひげ茶?へぇ、初めて聞く。
「ホットサンドをご注文でしたので、味を邪魔しない、かつ体調に良いものでしたので。貧血対策に良いんですよ」
お茶を口に含むと、鼻に香ばしい香りが駆け巡る。しかし口当たりはさっぱりだ。
これは脂っこい食事にも合いそう。
「しかもカフェインレスです。これからご帰宅なさるんでしょう?隈ができています、ゆっくりお休みくださいね」
「あー、もうそんな時間か」
近くの窓をのぞき込む。窓の外はどろりとした黒が空を覆いこんでいた。一雨きそうだな。次に店内を見渡す。客は私だけ。
照明は夕暮れをイメージしているのか、オレンジみたいな、赤っぽいような、あたたかい光で照らしている。しかし只今の時刻25時、深夜である。
「ここに来ると、時間が夕方に巻き戻ったみたいに勘違いして、ついつい長居しちゃいます。そろそろ帰らないと」
席から立ちあがり、代金を彼女に渡す。レシートを受け取ると、彼女は小袋を差し出してきた。
「これ、ジンジャーシュガーです。試作品なんですが、よろしければどうぞ」
体をあたためる効果があります、と付け足して見送る彼女の表情はまだ暗い。
いたく心配されているようだ。
「ありがとうございます、今度は体調が良い日に来ますね。ジャンキーな飲み物待ってます」
茶目っ気たっぷりに、ウインクも添えて伝えると、彼女は少し目を見開き今日一番の笑顔で笑った。
明日、というか今日はおやすみだ。持ち帰った仕事はあるが、急ぐものでもない。
彼女を心配させるような、疲労しきった顔とおさらばできるようにしっかりと休もう。
しゃく しゃく
胸ポケットに入れた、ジンジャーソルト入りの小袋が揺れる。
疲労回復のためにやる事、その一 まずは寝る前に、もう一杯のお茶を飲もう。
おなかの痛みが気にならなくなる程、気分は少し良い。
今ならスキップしながら帰れそうだ。
気分よく歩いていた足が次第に遅くなる。
―――――うん、やっぱりおなかは痛いな。
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