エピローグ

Epilogue 蒼クレパスの墓場

🕛Byakka/Angle


 岐阜県におけるDDF争奪戦が終わって数日が経過。


 作戦が失敗し、部下、信頼、肉体の全てを失った"私達"は、次なる行動の準備を進めるべく、全国中に建てたアジトの一つに潜伏していた。

 

「全てを失ったけど、私たちの目的は変わらないわ。

 "グローバル化の打倒"……」

「DDFの力で精神力最強の俺を何よりもグローバルな正しさの指標にすることで

 全ての人間がパーソナル性を引出し、全人類の自由と正義を取り戻す作戦は

 失敗した。だが、問題ない―――――DDFなど、所詮……

 "数ある手段"の一つにすぎない。」

 

 人格同士で対話する。そう、エンゲルも私も、一切絶望はしていない。

 全ての地位を失う程度の失敗など、大した損失では無かったのだ。


「して、俺たちが次になすべき事は何だ?」

「今回の事件で私たちは日本のトップ的立ち位置を失ったわ。

 だから――――まずはそれを取り戻す準備を執り行います。」

「……いけるのか?」

「簡単よ。一度トップに立てたんだもの。

 この国の人間の心を掴むコツは覚えた、少し趣向を変えて

 同じことを繰り返せばいい。作戦は、私が考えます。」

「流石は我が創造主だ。」

「前回は知識が無かったからトップに立つまでに5年はかかったけど、

 経験を活かせる今回は――――その半分、2年半で達成できると思うわ。」


 そう、私は権力を取り戻す。

 不謹慎だけど……今回失敗したのはシルバーがいたからだ……もうシルバーはいない……私の心の隙を突ける要素はもうこの世に……


――――――――――パリィィィン!!!


「…………!」


 ガラスが割れる音………成程――――私達を殺すための刺客かな。


 トコン………トコン………足音が近づいてくる。

 エンゲルが――――私の人格を封じ込め、表に出る。


「やはり、貴様か。」


 侵入者が姿を見せる。

 私達はコイツを知っている。この娘の名は――――


「処刑人<エグゼクター>輪切りのジャッジバーサ。」

「フフン。なぁんだ、知ってたんだ。

 あの探偵王様にまで名が割れてるなんて光栄だなあ。」

「マッレウス・マレフィカルム…アメリカ支部の幹部探偵。

 専門分野は邪魔者の粛清……だったな。」

「アメリカの推理は最強。

 此処にいるあなたが夜調牙百賭であるという答えにたどり着く程度、

 造作もない事だったわ…」


 身長130㎝程の少女。

 髪はウェーブのかかった金髪ショート、目の色はターコイズブルー。

 白いサイバー調の服に紫のマント、白いナイトキャップを着用している。

 何より特徴的なのは―――その手袋に包まれた両手。

 指が通常の人間の1.5倍ぐらい長く、先端がカギ爪の様にとがっている。


「ここは俺の城だぞ。」

「フフ、私はコウモリ、そんな境界線なんて知らなくってよ。」

「アメリカの探偵王の命令か?」

「5分の1は正解ね。正確にはあんた以外のマレフィカルム探偵王。

 アメリカ支部長、ロシア支部長、中国史部長、イギリス支部長、

 オーストラリア支部長の5人が、貴方の抹殺を決定したわ。」


 冷めた目でジャッジバーサが私を見る。

 ………成程、用済みと言うわけか。また予想の範疇ね。

 そう、ジャッジバーサ、貴方が私の目の前に現れる事さえも…


「死体は偽造した筈なのだかな。奴らの目も腐ってはいないという事か。」

「マレフィカルムは元々一つの思想の為に生み出された組織。

 そしてお前という存在は、あまりにもその思想から外れすぎた………」


 ジャッジバーサが手を前に突き出す。

 同時に、腕が輪切りの様にバラバラになっていく!

 腕の断面はグロテスクでは無く、中心に銃口のような穴が開いていた。


「だから、無敵の百賭伝説もここで終わりと言うワケ。」


「フン――」


 ジャッジバーサの腕の断面の銃口が、目映く光りはじめる――――

 エンゲルも、デティクティブ・マスターの円盤を出現させる。


「フフ、今日は狂った一日になりそうね!」

「趣向は決まったな。まず、他国のマレフィカルム探偵王を

 全員八つ裂きにし――――更なるトップを目指してみるか。」


 デティクティブ・マスターの円盤の針が、不規則に回り始める!


「お前の首から吹き出す血が――――開戦の烽火代わりだ!」


―――――――――――――


――――――――――――――――――――――――


 DDF。 

 遥か太古より存在する――――人間の願いを叶える力を持つ謎の黒い宝石。

 その力は、あまりにも強大が故に人間の欲望を活性化させ、存在するだけで全人類の存亡や運命を大きく狂わせていた。

 シルバーも其の存在に人生を大きく狂わされた人間の一人。


 しかし今、悪夢の宝石は完全にこの世から消滅した。狂わされた運命の歯車は元に戻ったのだ。


 だが――――歯車はあまりにも長い時の間狂いすぎていた。


 適応進化と言う言葉がある。

 生物というものは環境に合わせて自分の肉体・精神の構造を大きく変化・進化させるものだ。殺人ウイルスが蔓延する地で、ウイルスの存在に適応した生物が生まれるように、DDFによって齎された歯車の狂いに順応する人間達も少なくは無かったのだ。


 狂った歯車の上を歩く事に慣れた人間は、DDFが消え歯車が修正されたこの未来で、少なくとも、今までのようにはもはや生きてはいけない。





~♪~~~♪


 音が聞こえる、ピアノの音だ。


 クラシック――――確かこれは、「ショパン・別れの曲」。


(懐かしいな、あれからもう、1年は経ったんだっけ。)


 ベッドから身を起こし、私服に着替える。


(今日と言う日にこの曲を持ってくるなんて。あの人も粋だな。)

 

 左腕の義手をきりきり鳴らしながら、彼女が音の鳴る先に向かう。


「プレムちゃん、もう行くのかい?」


「うん、今までありがとう、秋子さん。」


 彼女は、伝説の銀の怪盗シーフ・シルバーことプレイマー・グラン。


「もう、あの戦いから1年か……。」


 DDF争奪戦からはもう1年が経過した。あと戦いの後、ロンカロンカによって表の世界で友好関係にあった人物を全て殺された彼女は、マレフィカルムの追っ手から身を隠すため、岩美町の秋子の度々再び訪れる事があった。

 レンガ・ウーマンとの戦いで失った左腕には機械の義手を接合し、その上に手袋を着けて隠している。


「あたしゃ反対なんだけどね。

 アンタの世界は、想像以上にヤバいらしいからさ。」


「ごめんなさい――――これも"親友"の為なの…」


「……まぁ、止められないか。ロシア・モスクワだっけ、

 今の季節は寒いよ、冷やさないようにね。」


「大丈夫ですよ、ロシアは私の故郷ですから。

 ―――――――必ず生きて帰ってきます。」


 シルバーが、穏やかな笑顔で返事を返す。


 ロンカロンカの一件以来、シルバーは人とかかわりを持つことに少々トラウマを抱いていた……。「私と関わった人間は、必ず悲痛な最期を遂げてしまう」………そう考えてしまうようになってしまっていた。

 しかし、その心の傷も、この岩美村で秋子に会うたびに、少しづつ和らいできているようだ。


 秋子の年長者故のアドバイスに母性を感じる接し方、そして闘いが無く自然あふれる環境。これらの要素にはシルバーの心の傷をいやしてくれるような何か不思議な力があったのかもしれない。

――――――――――――――――――――――――――――――

茨城・岩岡市・墓地。


 シルバーは、雨の中で傘を差しながら、供え物も持たず、とある人物の墓を探すために墓地を歩いていた。


「――――ここか。」


 一つの墓に刻まれた苗字と名前が目に留まった。その墓は個人墓地でありながら、かなりの手入れが成されていた。田舎の墓地に見合わぬ大きく豪華で美しい巨体であり、それを埋めるように無数の花束が立てられている。

 墓の前には、学生服を着た一人の青年が傘も差さず祈りをささげていた。


(先客か……)


 青年は、祈りを終えると、持っていた花束を墓の側に立てる。そして、シルバーに向かって一礼し、傘を差さずにその場を去る。


「随分と、善人ヅラしてたんだな、御前も。」


 墓に刻まれた名は――――乱渦院論夏。


「………祈りに来たわけじゃない。ただ、旅に出る前に、宿敵であるお前に会う必要がある。そう思っただけだ。もう一人の因縁の相手である百賭の奴は何処にいるかわかったもんじゃないからな。」


 シルバーが墓標をじっと見つめる。


「ストーン・トラベルで墓の形変えようかな……」


「やめときなって、そこには誰も入っていない。」


「!……誰だ―――」


 シルバーが声の先に顔を向けると、一人の長身の男が立っていた。


「……アンタ、か。」


「1年前は、世話になったな。」


 男がダサい帽子をクイッと上にあげ、目を見せる。

 顔を確認したシルバーは警戒を解き、右手に持った銃を下ろす。


 その男、マレフィカルム"元"三羅偵・東結金次郎。


「すまないな、アンタがこの国を出るまえにいちど逢う瀬したかったから

 ひっそりと後を付けていた。

 だがまさか、ここに来るとはな。」


「……さっき、誰も入っていないって。」


「ああ、その事か。

 ロンカロンカの死体なんだが―――お前がアイツを殺した日の翌日、

 どこかの誰かに盗まれちまってな。」

 

「は!?盗まれたって……!」


「目的は不明。盗んだ奴もいまだに不明。どっかの組織が絡んでるんだろうが

 いまだに足跡もつかめない。

 一説では、アイツに恨みのある奴らが死体に復讐する為盗んだとか。」


「………」


 シルバーがため息をつく。


「…言っておくが、私はマレフィカルムのゴダゴダには付き合わないからな。

 もう怪盗からは半分足を洗ったんだ。」


「そうか。」


 ――――あの事件の後、肉体を失った探偵王・夜調牙百賭は行方不明扱いとなり、彼女のカリスマに頼り切っていたマレフィカルム日本支部のパワーバランスは完全に崩壊、組織としての機能が急激に低下した。

 マレフィカルムによって岐阜県が火の海と化したこと自体は、あの日に岐阜県を中心とした超大型地震が起こったという話で隠ぺいされたので、組織そのものの権威が急激に落ちたという事は無いのだが…。

(DDFが合体した時に発生した地震が発生したのだが、

 それをマレフィカルムの重役たちが、利用していた。)

 組織は東結金次郎率いる原理派と、対する百賭派に二分、亀裂が走ったまま、沈黙の状態が続いている。


「しかし――――貴方にとってもこの国は故郷の筈よね♡」


「いきなりオカマになるなよ……」


「今、アメリカから派遣されたジャッジバーサっていう少女探偵が、

 この俺を押しのけて、1年間空席だった次期探偵王の候補となりつつある。」


「………」


「彼女の眼は――――何処かあの百賭様に似ている……」


 東結金次郎の目を泳がせる。


「百賭様は決して悪い人間では無い…

 だが、自分の目的を果たすためなら―――手段は選ばなかった。」


「ああ、そうだな。」


「御前もよく知っているだろ、ロンカロンカにレンガ・ウーマン、

 そしてゴールド打倒と言う理由で岐阜市民を虐殺した戦闘ヘリコプター兵。

 百賭様がもう少し正常だったならば、

 こいつらがここまで暴れる事なんざ無かったのさ。」


「…」


「お前だって怪盗とはいえ感情がある。

 あの時の悲劇を繰り返すのはゴメンだろう。」


「やつれたな、東結。」


 東結がハッとし、自分の口元に手を当てる。


「すまねぇ。こういうやり方は、俺の流儀に反する――――

 今のは忘れて呉れ。」


「敵側である私が言うのもなんだが、少し休養を取った方がいいと思うぞ。」


 シルバーが腰を上げ、東結の横を通り抜ける。


「――――百賭は必ず生きている。」


「!」


「……アイツは、あんなところで死ぬようなタマじゃない。

 アイツを殺せるのは私だけだ。

 ジャッジバーサだか何だか知らないけど……アイツはまたやってくる。」


「もし生きてたら、手を貸してくれるか。」


「探偵に手を貸すつもりはないけど、百賭だけは私が倒す。」


 シルバーが東結に背を見せ、墓地を後にする。


「なら必ず生きて帰ってこいよ、今回の旅。」


――――――――――――――――――――――――――――――

フライト:ロシア行き便。


 飛行機の窓側にエクサタ、内側にシルバーが座っている。


「なぁ、エクサタ。」


「………何だ。」


「お前ってさ、本当に普通に喋れるようになったんだな。」


「……」


「いや今さら思い出したように黙るなよ。」


 冗談です、と言わんばかりにエクサタが無言で微笑みを返す。


「シルバー殿、そういえば…後輩の女子怪盗の間で、

 俺とシルバー殿が恋仲と言う噂が立っているようだ。」


「ぶっっっっっ!!!!!!!!!!」


「よくもアタシのイケメン怪盗エクサタ様を取りやがって

 ―――ぶっ殺してやるとの事…」


「いや無い無い無いそれは無い。

 私とお前の相性って、パートナーや友人という意味ならともかく、

 ♂と♀という意味なら最悪だからな。」


「……」


「お前の事、恋人には絶対にしたくないタイプだと思ってるからな。」


「―――そうか、安心した。俺も、しばらく恋は出来そうにない。」


「…」


「…」


 二人の会話は長くは続かない。一度途切れたなら、数分…いや、数十分間無言の間が生まれる事も珍しくない。


「―――あのさ。」


「……何だ。」


「今回、わざわざ来てもらって、すまないな。」


「――――謝る必要はない。」


 エクサタが静かに軍帽を脱ぐ。


「"睦月"殿は、俺にとっても友人だからな。」

――――――――――――――――――――――――――――――

ロシア・モスクワ かつて大富豪ライハートラスが住んでいた洋館の前


「…………ようやくついたけど、人の気配が全くしないな。」


 かつて、DDFを所有していた大富豪ライハートラス。シルバーの父と母は、髪に与えられた使命に従い、彼からDDFを盗もうとしたが、百賭が現れた事によってその目論みは阻止された。

 そう、ここはシルバーにとっての運命の地――――


「百賭がDDFを回収するためにここの住人を皆殺しにしてから、もう10年以上経つ。

 あれから誰もここにはすまなかったというのか……」


「情報屋イノックによれば、この中にいるのだな―――――」


「ああ、そうだ。"睦月"はこの中にいる。」


「――――1年前の懺悔をする時が来た。」


 シルバーが館の正面門のドアノブに手を伸ばす―――

 すると、背後から複数の足音が聞こえてきた。


 ザッザッザッ………


「………シルバー殿、ようやくお出ましのようです。」


「……!ずいぶんと歓迎してくれるじゃないか。」


 足音の主は、頭が山羊になった、身長180㎝ほどの4人の執事。


『クラーケ様からは、お客人を丁重に表為せと仰せつかっております。』


「………クラーケ……か……」


「シルバー殿、ここは俺に任せて呉れ―――

 貴方は―――睦月殿を。」


「嗚呼――――」


 私は、エクサタの方を振り向かず、洋館の扉を開け―――中に入る。

 そして―――30m程前に進んだときに、ある異変に気付く。


「人の気配が全くしなかった訳が分かったよ。」


 辺りを見回すと、誰のものかわからない新鮮な肉片が辺りに散らばっていた。


「…………クソ……」


『久しぶり――――――だな――――シルバー―――――』


 その声は、何処か既視感のある声だった。


「―――!」


 声の先、目の前の階段の先は――――怪物がいた。

 豪華な椅子に座る黒いタコ状の化物だ。

 触手の先は短剣の様にとがっており、複数の異形の目がついている。

 そして―――――


「…………!!」


 その触手のうちの一本の先には、私のよく知る、あの人がいた――――

 そう――――それは、私の親友………


「睦月……。」


 そして、彼女を触手で掴む…黒い蛸…彼もまた、私のよく知る存在。


「………デモニック・スカーフ。海の怪物<クラーケ>。」


 銃を抜く、狙いは、怪物の脳天。


『―――彼女の意識は戻らんぞ。

 もはや――――考えられない程の――――深い闇の底に落ちている――――』


 怪物が、私に語りかける。だが私は、そんな言葉は気にも留めない。

 ただ、冷静に、敵の弱点を視覚で探っていく。


 過酷な運命の鎖を絶ちきった私は、ついに灰色一色の石の旅から解き放たれた。未来はアルカンシエル<虹>になり、人生のキャンパスは彩度濃く輝いた。それは、私にとっては幸福だったのだろう。

 だが、私はそれでも満足できなかった。


『それでも―――私を撃とうというのだな、"元契約者"。』

「お前を必ず救ってやる―――――――睦月。」


 蒼いクレパスは、代わりが効かないからな。


「一緒に、故郷へ帰ろう。」








バンッ!!!!!



薄暗い洋館の中で――――――一人の人間と、一匹の悪魔が対峙る。








―――――――――――――――――――――――― Deep Dark Fear 完結



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