第11話わからぬままに

 忍術不暗にんじゅつふあん


 りん、りんと鈴の音が響く。

 薄暗い部屋の中に不自然な程に響き渡っているのに、一歩でも外へと歩を出せば途端に失せる。

 扇の両端にぶら下がった鈴は妖しく光を反射する。

 黄金色に輝くそれが、蝋燭の上で揺らめく炎を不気味にさせた。

 酔ってしまいそうなほど何処かぼんやりとする空気を、吸っては吐いた。

 その鋭い指先で鈴を揺らしている影忍を、殺そうにも殺せない。

 何処にもない心というものを、器ごと揺さぶられている感覚に陥ったまま。

 嘲笑じみた笑みを浮かべるその顔から、何か読み取ることは叶わない。

 くらり、ゆらり、と視界が歪む。

 立っていることができなくなって、座り込んだ。

 りーん、りーんと鈴が鳴る。

 まるで、意思を持つように。

 影が伸びて、天井の暗闇に吸い込まれてゆく。

 頭の中まで鈴が響く、響く、響く。

 息が苦しい。

 耐えきれず、身を横たえた。

 視界に、影忍が入り込んだ。

 そこへ伏せた覚えはないのに、影忍の膝の上。

 鈴の音は止まった。

 その恐ろしく冷えきった手が、優しく髪を撫でる。

 撫でられれば、撫でられるほどに息は楽になっていく。

 不思議な感覚に酔っていた。

 なんなのか、わからない。

 とうとう、殺せないまま睡魔が襲ってきた。

「お眠り。まだ、夜は明かない。ゆるりと、おやすみ。」

 その声は、二重に、三重に重なって頭に響く。

 逆らえない、音。

 恐ろしいのに、まだこうしていたい。

 心地良さから、逃れられない。

 震える手で、忍刀に手を伸ばした。

 しかし、この手が掴んだのは武器ではなかった。

 目を向けると、人の骨がある。

 黒い蛇が、夜闇から這ってくる。

 赤い舌をちろちろと見せながら。

 喰われてしまう。

 そう感じたのに、動けない。

 再び影忍を見上げると、その瞳に黒は無かった。

 赤と、蒼が見下ろしてくる。

 けたけたと骨がぶつかって鳴るような音が、笑ってくる。

 人魂が揺れる、揺れる、揺れる。

 蝋燭の炎が頼りなく蒼く光る。

 どくどくと心の臓が加速し、強く内側からこの胸を叩いた。

 氷よりも冷たい両手が、頬を撫でた。

 何も考えられない。

 視界を覆われて、何も見えなくなった。

 気が付けば、雀の声が外で鳴いていた。

 起き上がれども、何も見えない。

 目を覆う物を取れば、朝であることがわかった。

 蝋燭の火は消えている。

 この部屋には、骨も無ければ影忍さえいない。

 あれは、夢であったのだろうか。

 そうならば、一体…何処から?

 まだ、気持ち悪い感覚が残っている。

 吐き気がする。

 どうしても、殺せなかった。

 殺すことができたというのに。

 最後まで、殺せなかった。

 未だに手が震えている。

 手を滑らせれば何かが当たった。

 ちりんと小さな可愛らしい音が転がる。

 それを見下ろせば、影忍が鳴らしていた鈴…がついた扇であった。

 ということは、やはり夢ではないのだ。

 あれは忍術か、それとも毒なのだろうか。

 わからない。

 殺さなければならないのに、余韻か…殺しに行くのが嫌になる。

 まだ、お前を殺せないままなのか。

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