第2話

 校舎と寮の間に流れる小川をまたぐ、ベネチア風に作られた橋の渡り廊下を通って、2人は校舎の廊下にやって来た。

 それは教室棟や特別教室棟、正面の管理棟をつなぐ回廊になっていて、天然芝で覆われた中庭を囲っている。


 その廊下は1周が約500メートルあり、2人はそこを2周半していた。


「ほら、すばる先輩。ちゃんと歩いて」

「無茶言わないで……、あなたとは……、身体のつくりが……、違うのよ……」


 雲雀はまだピンピンしているが、すばるはもう体力が底を突きかけていて、管理棟の所で汗だくで床にへたり込んだ。

 創立記念日で授業が休みなので、校舎内に居るのは部活の生徒のみだ。


「とりあえず……、休ませてちょうだい……」


 といった彼女は、中庭側の窓辺に置いてあるベンチを指さした。


「肩貸しましょうか?」

「結構よ……」


 すばるは生まれたての子鹿みたいに、脚をプルプルさせつつ歩いて、ベンチまで移動した。


「普段運動しないからですよ」

「1250メートルも歩いて……、平気なあなたがおかしいわ……」

「そうですか? 雨の日に運動部がぐるぐる何周も回ってるじゃないですか」

「あのねえ……、基準が高すぎるのよ……っ」


 全くもう、と呆れた様子でため息を吐き、すばるはベンチの上でひっくり返る。


「とりあえず、なんか飲み物要りますか?」

「ええ……。スポーツドリンクでもお願いするわ……」


 すばるの言葉に、分かりました、と答えた雲雀は、管理棟の2階にある自販機コーナーへと向かった。


「ああっ。そこにいらっしゃられるのは、『三皇女』がお1人、七瀬様ではございませんか!」


 すると、そのすきに、とばかりに、2人の様子を影からコソコソ見ていた、学内最大派閥の『姉妹』グループの腰巾着ポジションの生徒数名が、早足ですばるの前にやって来た。


「あられも無いお姿を……。どうされたのですか!?」


 その中のリーダー格である、いかにも腹黒そうなつり目の生徒が、


「別に休憩しているだけよ」


 その妙に芝居がかった声色で、彼女達の意図を察したすばるは、やや眉をひそめながらそう返した。


「まあ! 七瀬様をそのようになられるまで引き回したのですか!」


 やたら大きなリアクションをとった彼女は、引き続き芝居がかった声で、信じられない、といった叫び声を上げた


 この時点で、すばるはやや機嫌が悪くなっていたが、つり目もその取り巻き達もそれには気がついていない。


「『姉』への敬意がまるで無い……」

「このような仕打ちをしておいて、謝罪の1つもないとはなんたる不届きな……」

「あの無礼者、一体何様のつもりなんですの……?」

「なんであの子が『妹』なのよ……」

「ふさわしくないですわ……」

「きっと、七瀬様のお父様に取り入ったに違いありませんわ……!」

「なんて不潔な……」


 そんな取り巻き達は、雲雀が行った方を見ながら、ヒソヒソと彼女の悪口を好き放題言う。


 それをバックに、すばるを賛美し、暗に雲雀をけなす言葉を並び立てるつり目に、すばるは面倒くさいので適当に返事をして聞き流す。


「――なので彼女ではなく、私達の優秀な子達を『妹』になされてはいかがでしょうか」

「そうねえ……」


 だが、つり目がそう提案した途端、すばるは身を起こし、優雅に微笑んでそう言う。

 いかにも高貴そうな笑みを浮かべるその目の奥は、寒気がするほどに冷たく鋭い。


「ええっと、七瀬様……?」


 それを見たつり目と取り巻きは、流石さすがに動揺の色を見せた。


「お断りするわ。私はね、自分の気に入ったものしか、身の回りには置かない主義なの」


 すばるは、冷たい笑みを貼り付けたまま続ける。


「その中でも、雲雀は一番のお気に入りで、自慢の『逸品いもうと』なのよ。私は彼女ほど、私にふさわしい人を知らないわ。それを不潔呼ばわりだなんて、あなた方は一体、何様のつもり?」


 その穏やかな口振りの中に、般若はんにゃの面の様な怒気を感じたつり目一味は、すっかり青い顔をしていた。


「謝れ、とは言わないわ。でも、とっても目障りだから、早く私の視界から立ち去って下さるかしら?」


 すばるはそう言うと、おもむろにポケットからスマートフォンを取り出し、画面のロックを解除した。

 それを、お前の親など電話1つでどうにでも出来る、という風に解釈したつり目一味は、何も言わずにコクコクコク、と高速で頷いて、脱兎だっとのごとく去って行った。


「あら。意外に伸びたわね」


 だが実際の所、彼女は自らが筆頭株主である、とある会社の株価を確認しただけだった。

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