姉妹達の純愛唄

赤魂緋鯉

第1話

 とある街の郊外に位置する小高い丘。その上に、閑静な高級住宅地が広がっていた。それを見下ろす様に、伝統ある私立の女子高が建っている。

 レトロモダン、といった風情の外観と内装の校舎だが、十数年前に建て替えられたため、傷みや汚れはほとんど見られない。

 その奥には、校舎と同じデザインの学生寮が建っている。


 通っている生徒のほとんどは『上流階級』のお嬢様かつ、国内でも屈指の入学難度を誇るため、初等部・中等部共に名門のお嬢様学校として全国的にも名高い。


 そんなこの女子高には、無論、非公認ではあるが、生徒間に珍しい風習がある。


 『姉妹シスター』制度、と呼ばれるそれは、『妹』と呼ばれる同級生、あるいは下級生が、『上流階級』かつ高進度クラスに属する生徒1人の身の回りの世話をするものだ。

 どれ程の数の『妹』を作るかは、完全に『姉』の裁量1つで、1人も居ない生徒もいれば、最大で20数人もの『妹』を抱える生徒もいる。


 さらにその中でも、家柄と入試の成績によって決められた、『序列』の最高位に位置する『三皇女』、と呼ばれる生徒達が存在し、彼女らには学年の上下関係無しに『妹』にすることが出来る。


 その『三皇女』いうのは、かなり長い地毛の金髪と、その顔つき通りのおっとりした性格の西城さいじよう真莉愛まりあ

 少し癖のあるやや短めの茶髪で、やや地黒気味の肌を持つ、色男じみた中性的な顔立ちとスラリと高い背丈が特徴の藤宮吹雪ふじみやふぶき

 そして最後に、腰まで届く濃いめで真っ直ぐ黒髪を持ち、切れ長でクールな印象を受ける双眸で、彼女達の中で最も華奢きやしや七瀬ななせすばるの3人だ。


 学生寮の裏に建つ、前面強化ガラスで出来た温室で、3人は3時のティータイムを楽しんでいた。

 全員揃そろって美しい容姿をしていて、様々な植物が育てられている温室内は、さながら貴族の屋敷にある庭園の様になっている。


 ちなみに彼女らの服装は、真莉愛がクリーム色のブラウスに茶色のロングスカート、吹雪は白ワイシャツに少しダボッとした黒のパンツ、すばるがふわっとしたシルエットが特徴のベージュのワンピース、といずれも飾り気のないものだ。


「あーもうすばる先輩! またケーキばっかり食べて!」


 そんな温室に、僅かにざらついた、トーンの高い声が響いた。声の主は、温室の中央にあるシンプルなデザインの東屋ガゼボまで、ツカツカとやって来た。


 彼女はすばるの『妹』で、猫毛のボブカットとアンダーリムの眼鏡が特徴の真田雲雀さなだひばりだ。

 彼女は他の3人よりもカジュアルな、七分丈のシャツにジーンズを身につけている。


「失礼ね。まだそんなに食べて無いわよ」


 何を言っているのやら、といった仕草を見せて、すばるは精緻な作りのカップから紅茶を啜る。


「すばる先輩はいくつ食べました? 吹雪先輩」

「チーズケーキ3つだね」

「十分食べてるじゃ無いですか!」

「ちょっと。何で言うのよ吹雪」

「ボクはほら、正直者だからさ」


 ねえ? と、薄い笑みを浮かべる吹雪は、まるで美少年のような声で、後ろや横や足元にいる6人の『妹』達に訊く。

 彼女達は恍惚こうこつとした表情で、吹雪の顔だけを見つめながら、すかさず同意した。


「偏った食生活は病気の元ですよ。止めろとは言わないですけど控えてください」

「あら、ちゃんとバランス良く食べてるわよ。お肉とお野菜入りのキッシュとか」

「それ、ほぼ一口大じゃないですか」

「でもケーキばかりでは無いでしょう?」

「それをなんて言うか知ってますか? 言い訳です!」


 すました様子でしてやったり顔をするすばるに、雲雀は容赦なくそう言い返す。


「しょうが無いでしょう。私小食だもの」

「小食の人がケーキ3つも食べられないと思いますけどね!」

「別腹、というものよ」

「いや、メインになってるじゃないですか」


 そう言いつつ、しれっともう1個取ろうとしたすばるだが、雲雀にその手を掴まれて阻止された。

 それでも強行しようとするすばるだが、雲雀に比べて非常に非力な彼女では、プルプル震えるぐらいが精一杯だった。


「せめてもう1つだけでも……」

「だめです」

「む……」


 これでもか、と甘えた声で懇願こんがんするすばるだが、雲雀に即却下されてむくれた。


「あらあら」

「ははっ。今日もお熱いようで何よりだね」

「そうねぇ。うふふ」


 2人の『妹』達に自らの髪を編ませる真莉愛と、『妹』達に手すがらケーキを分ける吹雪は、そんな2人の様子を暖かい目で観察する。


「……見世物ではないわよ」


 それに気がついたすばるは、ちょっと照れ顔でそんな2人をにらむ。


「とんでもない。ボク達はお客さんじゃなく、近所の優しいお姉さんポジションさ」

「そうよ~。すばるさん」


 そんなすばるの抗議に、2人はそろってわざとらしくすっとぼけた。


「ほらほら、食べ過ぎた分、運動して少しでも減らしますよ」

「私は犬では無いわ。雲雀」

「犬扱いはしてないですよー。ほら、行きましょう」

「あぁー……」


 半ば強引にすばるを立たせた雲雀は、彼女に歩調を合わせながら、その手を優しく引いて温室の出入り口へ連れていく。

 

「……彼女、雲雀さんが来てからというもの、毎日が楽しそうですわねぇ」

「ああ。愛の力というものは偉大だね」


 非常に面倒くさそうだが、まんざらでも無い、といった様子のすばるの背中を、2人はまるで彼女の親かのようにしみじみとそう言いつつ見送る。

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