【5.5】~騎士団長はもの思う~

 ジオ・ムロディナウはその日、騎士団の任務で王国の周辺を根城にし、行商人を襲う盗賊たちの討伐から帰ってきたばかりだった。王国は街を守るように砦の壁で囲まれており、街に入るには東西南北に設けられた門を潜ってはいるのが決まりだった。彼は西の門から王国内に入った。

 砦の門を一歩潜れば、街を行く誰もがジオたちに注目した。彼らは騎士団の制服を着ていてとても目立っていた。子どもは羨望の眼差しを向け、男たちは彼らのかつての活躍を口々に噂し、女たちは戦いから戻った彼らに見惚れた。

 やれやれとジオは頭を掻いた。彼は注目されるということがあまり好きではなかった。

「おい」

 とジオは近くにいた仲間に言った。四十代くらいの騎士の男性だった。ジオは背後の台車に乗せられた檻を見やった。檻の中には身体を拘束され、身動きの取れないようになっている盗賊の捕虜が数人入っていた。

「捕虜の護送はお前たちに任せていいか?」

「はっ! 団長はどちらへ?」

「ここは人の注目を集めすぎて落ち着かん……。一足先に王城に行って陛下に帰還の報告でもして来るさ」

 歩き出したジオはそこでふと足を止めた。檻のそばには盗賊たちの持ち物が置いてあった。その中に黒いマントがあった。

「これ、借りていいか?」

「……構いませんけど、どうするんです?」

 檻を監視していた騎士が訊ねた。ジオは自分の身体を見回した。

「この格好じゃ街を歩くのに目立つだろ」

 そう言ってジオはマントを羽織った。騎士の装束はマントで隠されて、彼は街の風景に溶け込んだ。

 ジオがしばらく街を進むと突然女性の悲鳴が上がった。彼はすぐに何事かが起こったのだと理解し、悲鳴の上がった方へと急いだ。入り組んだ路地を走り抜け、悲鳴の上がった元まで辿り着くと、彼の目の前をナイフを持った男が凄まじい勢いで横切った。

 強盗か。ジオは腰の剣を確かめた。あれならすぐに無力化できる。そう見極め、これ以上一般人に被害が出る前に強盗を押さえようと剣を抜こうとして、彼は動きを止めた。

 視界の隅に転んだ女の子とその子を守ろうと木剣を構える少年の姿が映り込んだのだ。同時にジオの中に一つの疑問が浮かんだ。少年は何故木剣を持っているのだろう。身なりから見て、少年が騎士や憲兵隊に所縁ゆかりを持つ人間ではないことはすぐに分かった。この王国で騎士や憲兵隊の父親を持たない子どもが剣を握ることはまずありえなかったのだ。

 けれどそんな疑問はすぐにどうでもよくなった。恐怖に震えながら、それでも女の子を護ろうと木剣を振るう少年の姿に、ジオは確かに騎士の志を見て取ったのだ。

 それは騎士に任ぜられたときに最初に教えられることであり、騎士が騎士たる所以だった。

すなわち、弱きものを護れ。

ジオは騎士団の団長になってから多くの若者が騎士を志し、そして騎士なるところを見て来た。その多くが騎士という称号に誇りと名誉を求めていた。しかし彼は騎士が本来そのようなものではないということを知っていた。騎士とは誇りや名誉のためになるものではなく、弱い人たちを護るためになるものだった。

ジオは今、真に騎士の心を持つ少年を見つけたのだった。

そして彼は少年に声を掛けた――。


「やるなぁ、少年」



    ☆



 その少年は今、憲兵隊の入隊試験を受けようとしていた。

 ジオは王城の城壁の上で街を見下ろしていた。風が彼の頬を撫でた。少年ならきっと受かるさ。なんせこの俺が特訓したんだ。

「どうしたんですか、団長。にやにやして」

「いいや、別に」

 若い騎士に訊ねられてジオは言った。それから憲兵隊の詰め所がある方角を一瞥した。

「がんばれよ、少年」

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