第41話
寝不足の頭で、哀斗は黄昏の校内を歩く。
比鹿島病院にて、面会時間の始めからずっと哀果に付き添い、昏睡状態から回復する糸口は無いか探っていたが、収穫は無かった。
そうこうしているうちに、昨日リミリーから受けたライン通りに夕方になったので学校に来ていた。
次期的には夏休み真っ盛りだがなものの、校内での私服は禁止されているので制服姿で『いつもの教室』へと向かう。
「2Aの教室でいいんだよね……あれ?」
曲がり角を曲がり、目的の教室がある廊下の前に、見覚えのある女生徒が立っていた。
「お、お久しぶりです、あ、哀斗くん」
「あ、あーくん、花火ですよ!」
同じ比鹿島高校の制服、見慣れた格好の憧子と花火だ。
「二人とも、夏休みなのにどうして……。いや、えっと違う……」
旅行中、花火も憧子もヒロインとして破綻したことで、哀斗に関する記憶を忘れているのだ。つまり、馴れ馴れしい態度を取っていい関係では無い。
「すみません、俺急いでるので」
あれだけ話したのに他人行儀に接しないといけないと思うと我慢できなくなり、二人の横を足早ぬ抜けようとする哀斗だったが……。
「ちょっと、待ってくださいよ!」
「哀斗くん!」
その二人に道を阻まれた。
「……道を開けてください」
いやです! とツインテールを振り乱し威嚇する花火。憧子も通せんぼをしているつもりか両手で持った本を左右に動かしている。
「用もないのに、邪魔を――」
「用はあります!」
「そうです。ちゃんと用事かあってきました」
抗議する花火と憧子。
「……俺のこと、覚えてないのに、用事があるわけが」
「あるといったら、あります! あーくん!」
「……その呼び方」
「リミリー先輩に聞きましたっ!」
花火に賛同するように首を縦に振る憧子。
憧子と花火が記憶を失ったあの日。リミリーは哀斗が飛び出した別荘で一人記憶を掘り起こそうと、二人に思い出語りをしたんじゃないだろうか。きっと、その時だ。
「……用事ってなんですか」
何もかも投げっぱなしじゃいけない、そう思った哀斗は、意識の無い憧子を置き去りにしたこと、二人に何の説明も無しに別荘を飛び出してしまったこと、叱咤される節を思い出しながら二人の言葉を待った。責められて当然、と哀斗は身構える。
しかし、予想とは180度違っていた。
「「ありがとうございます」」
どうして俺は感謝されているんだろう、と哀斗は思わず目が点になった。
「……お、お礼を言われることなんてなにも……」
花火は首を振って否定した。
「足の怪我はもう治りましたか?」
「え……」
「花火のためにしてくれた怪我のことですよっ!」
そう叫ぶ花火は、泣きそうな顔をしていた。
花火……と、憧子が花火を落ち着かせるように背中を撫でる。
「ごめんなさい。あーくん。花火は、あーくんが助けてくれたのに……あーくんの背中の傷を見て、こわい人だと思って失礼な態度を取ってしまいました」
花火の懺悔を聞いて、思い出した。砂浜で、哀斗の背中で目を覚ました花火の慌てたような姿を。
「だから、お礼を言いにきたんです。あの時は助けてくれてありがとうございました」
「私からも、本当にありがとうございます」
「明音……涼詩路さん……」
しかし、頭を下げる二人を見ても尚、哀斗の胸中に浮かぶのは罪悪感だった。もとはといえば、記憶を失わせたきっかけも、巡り逢うことになった運命も、哀斗の自分勝手な願いのせいだったから。
「二人とも頭をあげてください。やっぱり感謝されるようなことじゃない……」
「私は見ましたっ!」
花火が頭を下げたまま声を震わせる。
「あーくんの足をっ! あれは花火のために走ってくれたんですよね」
「……」
「花火が気を失っちゃったから、何か大事があるんじゃないかって、一生懸命に走ってくれたから、あんなに血だらけになっちゃったんですよねっ!」
顔を上げた花火は、泣いていた。目の端がぼんやりと光っている。
「哀斗くん。確かに花火にも、私にも……哀斗くんとの記憶はありません。ですが、花火を救うためにあそこまでしてくれたこと、というのは知っています。花火は哀斗くんと別れた一週間前からずっと気に病んでいました。怪我を顧みずに助けてくれた先輩を、恐れてしまったと。きっと、傷つけてしまったと」
「そんなことは……ありません。それに、もしそうだったとしても、今の俺たちは昔みたいな関係じゃない……。だから、気は使わない――」
「あーくん! それは花火、ぜったいにいやですっ!」
「私もです。妹のように大切にしてきた花火を救ってくれた恩人を、そんな風に扱いたくありません!」
そして、前のめりになった花火と憧子が、同時に口を開いた。
「友達になりましょうっ!」「だから、友達になってください」
「とも、だち……?」
「ええ、友達ですっ! 休み時間に一緒にお話ししたり、休みの日に遊びに行ったりする間柄です!」
「俺にそんな資格は……」
「それじゃあ、花火とはもう友達になりたくないんですか?」
「私とも、友達になるのはいやでしょうか……?」
「俺なんかと友達になりたいなんて……だってもう」
ヒロインじゃない、と。
「……そう、か」
アスモウラとの願いによってヒロインに仕立てられた憧子と花火。二人共、今となっては哀斗の記憶を忘れていて、完全にヒロインとして成り立たなくなっている事実。
つまり、今の二人の言葉が紛れもない真実だと、そう裏付けていた。
「ははっ……そんな…………嘘。……友達なれるんだ……」
そう理解してしまった途端、あっさりと哀斗は頷いていた。
今にも泣きそうなぎこちない笑顔を浮かべる哀斗に、花火と憧子はめいっぱいの笑顔を返す。
哀斗が、正真正銘。願いの影響なんて関係無しの友達ができた瞬間だった。
背中の傷のせいで、今までできなかった哀斗の初めての友達。
頷いた時の頭は、人生で一番軽く感じた。
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