第40話
家に帰り着くと、家の中は真っ暗だ。当然だ、哀果は入院中なのだから。
明日に備えて早めに寝ようと自室へ向かう途中、ふと思い立って哀果の部屋の前で立ち止まる。
「ここに入るのも久しぶりな気がする」
ドアを開け、照明をつける。哀果が哀斗の部屋に来ることは日常茶飯事だが、その逆はほとんど無かった。前に入ったのがいつだったか思い出せないくらいだ。
生活必需品と、大きな本棚で構成された女の子らしさのない部屋。
テーブル上のPC周りに散らばった、シナリオの資料本と、雑に書きなぐられたネタ帳が生活感を感じさせる。明日もいつもどおりここで仕事に励む、そんな意思が残っていて、哀斗は涙が出そうになる。
振り払うように、目線を本棚へと移す。そこには、大量の小説と、資料。そしてギャルゲもあった。
「インセスト・トゥルー……」
ギャルゲが並ぶ段の左端。
哀果の産み出した渾身の力作。感動に感動を呼び、メディアミックス展開が今尚続いているヒット作だ。
といっても、哀斗がやったことは無いが。
「だって、血の繋がりのある姉弟の恋物語、だもんね……。気まずくてやりきれるわけがないよ……」
そう独り言を言いながらも、自然と手は伸びていた。自分が知らない哀果の残滓、それに引き寄せられるように。
しかし。所感は違っていた。
「おい……冗談……だろ?」
『インセスト・トゥルー』のパッケージ。その前面に、それはプリントされていた。
一目見るだけで、目を奪われてしまう美少女だ。
髪は腰まで長い、現実味の無い長さ。翡翠色の瞳をしていて、ブロンド髪をなびかせる美少女は、一見高貴なお嬢様といった感じだが、頭頂部にある跳ねっ毛がそれを許さない。可愛らしさと美しさを兼ね備えた美少女だ。
「…………リミリー?」
思わず、目を疑った、見間違えるわけがない、ついさっきまで一緒に居たのだから。
『インセスト・トゥルー』のパッケージには、星羅リミリーが居た。
他の登場人物に囲まれて、おしとやかにも淡い色のワンピースを着こなして微笑んでいる。
瞬間、ポケットに入れていたスマホが震える。リミリーからのラインだった、明日の夕方いつもの教室で話があるから、と。
返事もせずにスマホをそのままポケットに突っ込む。
「わけ、わかんない……。どうしてリミリーが姉ちゃんの作品に……。リミリーは昔からの幼馴染じゃ……」
リミリーの存在を確認しようと言って気づいた。
「俺、記憶取り戻したんだよね……?」
誰も居ない、哀果の部屋。本棚を前にして呟く。
「それじゃあ、どうして。リミリーとの思い出が無いんだ……」
言葉にして、ぞわりと身体が震えた。言いようのない不安と、不吉な謎で、今にもどうにかなってしまいそうだった。
「これじゃあまるで……リミリーがこの世の人間じゃないみたいじゃないか」
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