第四章 姉弟座のパラドクス
第33話
「はぁ~。やっぱビルドスカイは神ゲーだ。何度やっても飽きない」
暗く空気の籠った室内、唯一の光源であるパソコンから軽快なメロディが流れている。
画面には、黒地に白の字でクリエイターの名前が下から上に流れ……所謂なEDが映っていた。
「うわ……」
液晶の8割が黒色ということもあって、自身の顔が映りこみ、突如現実に引き戻される。
髪はぼさぼさで毛先はべたついているし、目は赤く充血している。風呂に入ったのは2日前だっただろうか。
すんすんとTシャツを嗅ぐと、なんとも言えない臭いがした。このまま放置すると間違いなく刺激臭に変わる、哀斗は直感した。
「風呂はいろ……っと、と」
部屋を出ようとしたところで、足を何かに引っ掛けた。大きめのリュックから、中の衣類がまき散らされる。
旅行先から帰ってきて、そのまま床に投げ捨てていたものだ。
「くそ……」
花火、憧子の記憶から哀斗に関することが全て忘れられてしまった日。
その日のうちに何の断りも入れずに、哀斗はそのまま家へと帰ってしまったのだ。
それがもう、一週間も前のこと……。
服を洗濯機へと放り込む。中は一週間分の服、哀斗のものだけだった。
家に帰ってきたら、哀果は居なくなっていた。もしかしたら、原稿を進めるよう缶詰めでも言い渡されているのかもしれない。作家になってからの哀果は、たまにこうして数日間家を空けることがあるのだ。特に、珍しいことではない。
今会ってもまともに話せる気がしない哀斗にとって好都合だった。哀果の温かさにほだされてしまうんじゃないか、贖罪を求めるが故に避けたいのは確かだ。
風呂から上がり、リビングへ向かうと日の光が差し込んでいた。自室はカーテンで閉めきっていたため、照らされるのは久しぶりだ。温かい……、と哀斗は腕を撫でる。
こんな生活ができているのも、夏休みだからだ。これが終われば新学期、つまり学校に行かなくてはならなくなる。今はそれが億劫で仕方がなかった。
「まあ、後のこと考えてもしょうがないよね……。なんかもう疲れたし、全部勝手にどうにかならないかな」
他愛もない独り言をぼそぼそ言ってから、小腹が空いたと台所下の棚を開ける。
空の袋麺の外袋やらを引っ掻き回して中を探るも、何一つ固い感触は得られなかった。
「まじかあー」
毎日インスタント食品生活を送っていたツケ。ついに在庫が切れてしまった。
「もう食べなくても……」
申し訳なさそうに、腹の音が鳴る。
「しゃーない、行こう」
近所のコンビニでいいか、と部屋着のままで靴を履こうとして、靴底に染みた血痕が目に入った。引きこもり生活のおかげで既に完治はしているはずなのに、足の裏がチクチクした。
「ついでに……靴も買い替えよう」
ドアを開くと、フラッシュを焚かれた時のように黄色く、眩しい光が視界を包んだ。暗がりに居すぎて、目が馴れないのだ。
「まぶしっ……」
何度か瞬きをする。
2度、3度と繰り返すうちに、徐々に明瞭になってくる。
それでも、黄色い浮き彫りだけが残った。
おかしいな、と哀斗は瞬きを重ねてから気づく、光では無いことに。
「やーっとでできたわね、哀斗」
ドアの向こうには、太陽の光に負けないくらい明るいブロンドを光らせる、はにかむ美少女――
「なんで……」
星羅リミリーがそこに居た。
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