第27話

「あーいとっ」

「ん? ちょぉ」

 

 ほっぺに触れるちょっぴり冷たい感覚に、哀斗は驚いた。

 犯人は対面に座るリミリーだ。してやったりといった顔をしながらペットボトルとポッキー掲げる。


「なるほど、冷やしたわけんぐっ」

「はい、あーん」


 不意打ちでポッキーを口に放り込まれるも、哀斗は咳き込まずになんとか飲み込む。


「せめて先に言って!」

「やーっと喋った」


 目を細めて「全くしょうがないわね」とリミリーは嘆息する。


「(ああ、そうだった。旅行中だ、今)」


 哀果との一件が頭から離れずに、ついつい上の空になってしまいがちだった。

哀斗は、無意識に首元をさすりながら。


「えーと、ごめん。暗い顔でもしてた?」

「自分で言うってことは、テンションが低い自覚はあるのね。もしかして、来たくなかった?」

「そういうわけじゃないけど……」


 実際のところ、哀果が心配なので旅行はやめておこうと思ったのだが、哀果に「せっかくお友達が出来たんだから」と止められたのだ。

 哀果は、ほとんどが在宅勤務にしても一応は社会人ということと、両親が居ないことも重なって、哀斗の保護者という立場だ。きっと、田中先生から友達がいないことは聞いていたのだろうし、それが両親からの虐待で受けた傷のせい……ということも察しがついていているのだろう。

 だからこそ、半ば無理やりに家を追い出され、哀斗はこうして、旅行先へと電車で向かっていた。

 哀果に首を絞められた事実。それは拭えはしないが、哀斗の中で、憎くてやったわけではないだろう、との考えは纏まっていた。

 件の行為の直後に見た、哀果の動揺しきった顔。そして、普段、哀斗に向けた度の越えた愛情表現がそう結論づけた。

 自身の意思のようなものが見られない、まるで夢遊病患者のような行動だ。哀果はただ謝るだけで、それについて話す余裕はなかったが、きっと自発的なものではないはずだ。


「ちょっと」

「ん?」

「まーた、顔戻ってるわよ」

「ご、ごめ」


 ごめん禁止、とリミリーの人差し指が哀斗の唇を叩く。


「何かあったの?」

「……姉ちゃんの体調が悪くてさ」

 少し考えてから、口が裂けても本当のことは言えないな、と哀斗は無難な理由を挙げた。

「そうだったの……悪かったわ、それは心配よね」

「いや、大したことじゃないから、大丈夫だよ」


 哀斗は口ではそう言うものの、顔つきは依然としてお世辞にも明るいとは言えず……リミリーは当然、それに気づいた。


「アタシ、あの人から悪口めっちゃ言われたからさ、良いイメージ? みたいなのはないんだけどね」

「う……その説は本当に申し訳ない」


 リミリーのことを金髪碧眼巨乳と何度も罵っていた哀果の姿が浮かぶ。


「あの人のことだから、哀斗のこと無理やりに追い出したんでしょ、どーせ」

「ま、まあ……」


 ほとんど泣き落としのような形で旅行鞄を押し付けられ、家から締めだされたのは確かだった。

 哀斗が頷くと、リミリーは朗らかに笑う。


「だったら、尚更楽しまないとね! じゃないと、きっとあのブラコンお姉さん、悲しむと思うわよ」


 哀果は今、哀斗に暴力を振るってしまったことで酷く自分を責めているはずだ。哀果のことがあったから旅行を楽しめなかった、なんてことが知れたら、間違いなく今よりもっと哀果は自分を責めるだろう。


「……確かに。しっかり楽しんでお土産でも買って帰るとするよ」


 気持ちを改めて前向きな言葉を言うと、リミリーは優しい瞳で笑った。そんな仕草に、哀斗は胸が弾む。


「あ、服」


 今更気づいたが、夏休みなのでリミリーは私服姿だ。V時に開いた明るい色のシャツに、ショートパンツ。ボディラインのわかりやすい服装が煽情的だ。哀斗にとって、胸元は刺激が強かった。


「何よ」


 身構えるように目つきを鋭くするリミリーに哀斗は、率直な感想を口にする。


「似合ってるなって思って」

「ふ、ふん。哀斗のくせに生意気よ」


 強気な言葉の割に、後半萎みがちに言うリミリー。

 そうして、そういえばと辺りを見渡すと……居た。

 本を読んでいる憧子と、何やらスマホゲームをしている風な花火だ。憧子は落ち着いた雰囲気の漂うワンピース姿で、正反対に、花火は元気あふれるパーカー姿だ。


「(らしくて、可愛いなあ……。皆、美少女だし)」


 まじまじと見ていると、憧子だけは視線に気づいたのか、こちらに向かって手を振ってきた。ので、振り返すしていると……。


「痛い!」


 右足に鋭い痛みが。


「暗い顔だけじゃなく、デレデレした顔も禁止だからね」


 怖い顔でリミリーに睨まれる。

 じゃあリミリーは怖い顔を禁止するべきだね、と哀斗は思ったのだが、言えるわけも無かったのだった。

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