第二章 俺と姉と彼女らの恋

第16話

――そして、今に至る。


「好き……なの」

「俺、シスコンなんだ」


 リミリーが勇気を振り絞り形にした告白に、哀斗は最低最悪にもシスコン発言を返事としてしまっていた。人生初の異性からの告白を無下にしてしまった後悔と、転校初日に言うに相当な勇気がいるであろうことを健気にも実行したリミリーへの罪悪感が頭の中を巡る。互いの息遣いすらも感じる距離感で見つめ合う二人。


ふと、涙目になっていたリミリーの瞳が乾いた。両拳を優しく包み込んでいたはずの、リミリーの両手が解かれる。さっきまでは、ハの字型で今にも泣きだしそうな瞳だったはずなのに、今では両目共に吊り上がり……そう、例えるなら般若。


「さっ、最低っ!」


 怒号のすぐ後に、視界がぐらりと揺れた。じんじんとした後を引くような痛みを感じてから、頬をひっぱたかれたことを理解した。


「ごめん……」


 当然の報いだった。哀斗には一片たりとも弁解の余地はないだろう。

 完全にチャンスを不意にしてしまった。『主人公になりたい』という願いのもとに発生したイベントであることは理解している。しかし、ここまで確信的なイベントはそうそう起こらないはずだ。美少女と付き合うこと、それはヒロインとの一つのゴールのカタチに他ならないのだから……。つまり、このチャンスを不意にすることは非常に痛い……。

「(それにしたって、どうして聞き流されなかったんだろうか)」

 アスモウラは、原因不明の突発的シスターコンプレックス現象に対し、布石を打っていたはずだ。現に、憧子でそれは経験済みだ。考えられる可能性としては、回数制限があるということだろうか……? ヒロインの無理やりなコントロールには魔力を消費すると言っていた。頼めば回数を増やすことも可能かもしれないが、追加の寿命を催促される可能性が高いことを考えると、我慢しなければならないことなのだろう。


「ねえ、ちょっと」リミリーは、威嚇するように腰に手を当てる。「哀斗、人に最低発言しておいて上の空ってどういうことよ」

 頭の中でぐるぐると考えすぎていて、意識が散漫していた。リミリーの表情から、さっきよりも3割増しで怒っているような気がする。


「本当にごめん……」

「……はあ。いや、だからね、なんでそんなこと言ったのよって聞いてるのよ」

「……! (もしかして、弁解のチャンスをくれるってことなのだろうか)」


不躾な返事を返した哀斗に向かって、説明を求めるリミリー。状況を理解した哀斗の目には、怒りに染まっていたように見えていたはずの対面の彼女の顔に、まだ仄かに夕焼けと同じ色をした照れ顔が混じっているように見えた。


「実は――」

 

 そう口にしたものの、哀斗にはまるで言い訳が思いつかなかった。間違いなくシスコン発言であることに変わりはなく、この現象について説明するには哀斗の願いについての説明が不可欠になってくるからだ。そうなってしまう以上は、言えるわけが無かった。


「(あなたが俺のヒロインです! だなんて、頭が悪すぎる。でも……)」

 

 諦めるたくなかった。告白を無下にされて尚、弁解の余地を与えてくれたリミリーを無下にしたくない、と心の底から思うからだ。ここまで、自分のことを顧みずに他人に寄り添ってくれる人。哀斗は哀果以外に、強い善意を受けたことが無かった。哀斗は必死に頭を回す。


「……っ」


 知恵熱で額から熱を感じる程に知恵を振り絞った挙句に出た言葉は、


「シスコーン好きなんだよね」


 大人気、とうもろこしを作った馴染み深いお菓子の商品名だった。

 いっそ、笑わせようと思ったのだ。下手な嘘をついて更に傷付けてしまうくらいなら、と。勿論、ふざけるなと更に怒るかもしれないし、滑ってただ場が冷めるかもしれない。


「(頼む……!)」


 その覚悟はしていた。

 しかし、彼女はそのどちらでもなかった。


「良かった。昔のまま」


 愛おしそうに呟いて、懐かしむように微笑んだのだ。

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