第14話

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」


 弁当を食べ終えると、憧子が用意した緑茶を飲みながら哀斗は余韻に浸る。

 やったぜ、最高だ。本当に主人公みたいだっ!

 女の子と学内の秘密的な部屋で二人きりで手作り弁当を食べる。ギャルゲの主人公ならだいたいが経験する定番中の定番イベントだ。

 夢じゃないよね、と太股をつねるも痛みがある、現実だ。


「嬉しいなあ」


 こうして気持ちを吐露することにも、躊躇が無くなってきた。どうせ涼詩路さんは俺のことを好いてくれているのだ。でないと、手作り弁当を作ってくるはずがないし、と哀斗は確信する。


「喜んでくれて何よりです。思い付き……神様の啓示みたいに気まぐれでやったことでこんなにも満足していただけると、作った甲斐がありました」


 まだ赤い頬をさすりながら、憧子は顔をほころばせる。


「(ははは、そりゃ神じゃなくて、悪魔じゃないかな)」


 と、こちらの本音はしっかりと声に出さないようにして。

 お互いに良い雰囲気になった気がした哀斗は、少し踏み込んだことを頼んでもいいんじゃないかと思い立った。


「(お昼時のイベントといえば……そうだっ!)」


 憧れのイベントを順々に想像して、『膝枕だ!』と脳内お花畑な考えに辿り着いた。

 ちょっと言いにくいけど、今ならイケる気がする……願いの影響もあるしワンチャン……っと、思ったところで、しかし哀斗は猛烈な違和感に襲われた。

 まるで、自分の身体では無いような感覚だ。

 昨日も経験した、この気持ちの悪さ……2度目だ、間違いない。これは――。


「姉ちゃんの膝枕が恋しい……っ⁉ って、うぉぉ……」


 まずった! まただ……また口が勝手に……とんでもないことをっ……!

 焦り顔の哀斗は、おそるおそる憧子の反応を窺う、が。


「膝枕がどうかしましたか?」


 引いて……ない?

 鳩が豆鉄砲を喰らったかのように憧子はきょとん顔だった。


「(聞こえてなかったのか……? いや、そうじゃない……)」

 

 聞こえていないことになったんだ。

 そういえば、アスモウラが昨日の夜に言っていた。『魔力をかけておく』と。その、唐突なシスターコンプレックス発言のために敷かれた予防線が働いたのだ。

 ほんと、よかった……。流石だよ、アスモウラ。感謝……! と、哀斗は感激する。


「ごっごめんなさい! そんなに悲しむなんて」


 安心のあまり、両の手の平で顔を覆っていた哀斗の姿を見て、憧子は見事にそれを勘違いする。

 しばらくしてから、哀斗が面を上げると眼前にはおろおろと空中で手を泳がせた憧子の姿が。


「あれ、どどどうしてんですか、涼詩路さんっ⁉」


 憧子が狼狽している原因がわからず、釣られるように哀斗もおろおろ。

 そんな、コミュ力の無い二人を纏め上げたのは書庫へと現れたもう一人だった。


「しっつれいしまーすっ! って、ありゃ知らない先輩が泣かされてますや」


 ノックも無しに書庫内に入ってきたのは、制服に赤いネクタイを緩めに巻いた一年生。見た目、幼女にしか見えない程に背丈や手が小さいミニマム少女だ。青みがかったツインテールが幼さを助長している。


「は、花火(はなび)っ⁉」

「やっと着いた! 図書室っ! それから、めっけっ! おねえちゃんっ!」


 唐突に現れたミニマム少女は大手を広げて勢いよく憧子を押し倒すと、マーキングをするように擦り着いた。胸に頭を沈めツインテールを揺らす度に、憧子の嬌声がコンクリート製の室内に反響する。


「えーと、妹さん?」

「いえ、ひゃ、ひ、ひと、従姉妹ですっ……ふぅっ⁉」


 髪の色も似ていて、目鼻立ちもそっくりなので、妹と勘違いしてしまった。血の繋がりがあるだけでこんなにも似るものなのかー、と哀斗は一人呟く。ぶっちゃけ、心の中のドキドキを矢面に出さないようにするので精いっぱいだった。女の子が目の前で、くんずほぐれずしている光景は刺激が強かったのだ。


「いえす! りある従姉妹の明音花火(あのんはなび)でっす! よろしく先輩さん!」

「れ、零細哀斗。こちらこそ、よろしく」

「うぇーい!」

「(おお、笑顔が眩しい。俺のみょうちくりんな噂も知らないっぽいし気楽だ。……って、一年生だし当然か)」

「花火ぃ、こ、こんにゃ、じ、自己紹介してなひでよぅっ⁉」

「えーと、そろそろやめてあげた方がいいんじゃないかな」


 百合百合な光景に目が眩む。これは、毒だ間違いない、だって胸がときめいているんだもんっ。


「えーと、そろそろやめてあげた方がいいんじゃないかな……?」

「さーいえすさー!」


 聞き分けが良いのか、あっさりと従姉妹へのマウントをやめた花火は、かなり素直。「ふへぇ……」と息を吐いた憧子がどこか艶めかしい。


「ところで、おねえちゃんとあーくんはこんなところで何をしてたんです?」

「あーくん?」

「いえすっ! あーくん!」


 こらこら、指を差すんじゃありませんと、哀斗は父性が掻き立てられた。


「花火、人を指差しちゃ、めですよ」

「(なるほど、そんでもってこっちはバブみか……お母さん……)」


 慈愛に満ちた目に、漂う包容力。花火をデコピンする姿にすらバブみが溢れていた。


「ぶー」


 頬をぷっくりと膨らませ、抗議する花火。

 しょうがないですね、と呟いた憧子。説明する気なのだろうが、どうしてか憧子は顔を赤らめていた。


「……哀斗くんは食べていただけですよ。私のを、美味しそうに」

「え、ちょぉぅ……っ⁉ 涼詩路さんっ?」


 どうして顔を赤らめて抽象的に言うの⁉ 誤解しか招かないでしょっ、それっ!


「⁉ あ、明音さんっ? お弁当を食べてたってことだけだからね、誤解しないでね?」


 慌てて哀斗はフォローを入れるが、打って変わって花火は気にしていない様子だ。


「ん? 他になにかあるんです? あ、それと明音。呼び捨てでいいですよ」


 良かった、花火は見た目だけでなく、そういった事にも疎いらしいぞ。


「あーいや、わからないならいいんだ。あ、明音」


 ほとんどかっすかすな小声になりながら、哀斗はどうにか女の子の苗字を呼び捨てにするという任を乗り越える。


「花火、私に何か用があったんじゃないんですか?」


 いかにも! たこにも! うずらにも! と、みょうちくりんな返事をしてから、花火は続ける。


「部活動のリスト表みたいなのって持ってないっ?」

「あーなるほど、それでですか……。たぶん生徒会室の中を探せばあると思います。探しておきますね」

「ありがと! おねーちゃんっ」

「そういえば、図書委員長は生徒会役員に含まれるんでしたっけ」

「一応、ですけどね。といっても権限を持っている名ばかりな感じですけど」


 比鹿島高校の生徒会は、生徒会長、副会長、会計、書記が主に運営している。文化委員長や、美化委員長等も、憧子と同じように生徒会の組織図に含まれはするが、大衆的に生徒会役員であるという認識は浅い。


「というか、えーと……明音はまだ部活決めてなかったの?」

「いえす! クラスの皆に色々と誘われはしてたんですけどこれだっ! ってのがなかなかみつからなくてですねえ」

「もう夏休み前なのに珍しいね」

「その通りっ! もう夏休みが近づいているのです! 合宿とか行ってみたいので早く決めたいところだったりします!」


 花火なら、どんな部活動でも楽しんでいそうだ。勢いで喋る感じが、なんかムードメーカーっぽいし。


「とゆーか、おねえちゃんっ!」


 花火は、唇と唇が触れるくらい顔を前に、更には下半身を後ろへと突き出した食い気味な姿勢になり、


「なんですか?」

「いつのまに彼氏つくったの?」


 そのまま首を約90度。もれなく憧子も90度傾げた。


「ん?」


 憧子はしばらくそのままで突拍子の無い発言を噛み砕く。やがて、首から徐々に顔を染めていき……。


「ち、ち、違いますよ⁉ ただお弁当をつつ、つくっただけであの! 彼氏とかそういのじゃないですから!」


 彼氏、彼氏と2連発で慣れない呼称をされた哀斗も憧子と同じように赤くなって、


「涼詩路さん落ち着いてっ! 明音違うからね⁉ 本当にただお弁当食べててただけだよっ?」


 そんな慌てふためく年上二人に対して、無垢な後輩は、



「ふたりとも仲良しだ!」



 と、無邪気な発言で場を締めるのであった。

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