第13話

『お昼休みにお時間あればでいいのですけど……。PCの使い方を教えてくれませんか?』


 お昼になってスマホを確認すると、午前中のうちに憧子からラインが来ていた。文面の通り昨日約束していた件だ。

 意地の悪い噂のせいで碌に友達のいない哀斗は、当然ながら昼休みはフルで空いていた。といっても、今日に限って言えば、リミリーとの面識を明らかにしておきたかった気持ちも小さくは無かったが、急ぐことではないだろう。

 それに……。


「女の子からの誘い……嬉しい」


 図書室へと続く廊下を歩きながらも、言葉を漏らしてしまうくらいに、哀斗は舞い上がっていた。


「殺し屋の目だ……」

「なんだあの笑み、こえぇ……」

「ブツブツ言ってるけど、お前の名前呼んでなかったか?」

「おいっ! 冗談でもやめろよ!」


 道すがらに聞こえる陰口も全く気にならない。気持ちが晴れ晴れとしていると、ここまで心の防御力が上がるのかと、哀斗は、ふむふむ大発見だ、と頷く。



 図書室の扉を開けると、レールの上を走るコロの音が静かな室内に響き渡った。昼休みが始まったばかりということもあり、人が少ない。

 今はお昼時、当然だった。


「そういえば、昼飯食べてない……」


 いつもなら、購買でパンを買う哀斗だったが、浮かれていてすっかり失念していた。


「一旦、出直そう。きっと涼詩路さんも食べてから来るだろうし……」

「あっ、哀斗くん……来てくれたんですね」


 引き返そうとしたところで、入り口近くのカウンターから名前を呼ばれた。。

 落ち着いた髪色にアクセントをかけるヘアピンが、ひそかに揺れる。控えめにひらひらしている手と一緒に。


「あれ、涼詩路さんっ? 早いですね」


 迎えるようにカウンターから憧子が出てきた。


「誘ったのは私ですので、先に着いておくのは当然です。それより、こちらへ来てください。ここは何かと不便ですので」

「ちょ、ちょっと待ってください」


 そそくさと、どこかへと移動を始めようとする憧子を制止する。


「どうしました?」

「まだ昼飯食べてなくて。出直そうかと」

「大丈夫ですよ。心配いりません」


 涼詩路さんは、母性を感じさせる微笑を伴って、そのまま図書館の奥の方、奥の方へと進んでいく。

 何が大丈夫なのかはわからなかったが、先導されたこともあって立ち止まっているわけにもいかないか、と哀斗はおとなしくついて行く。

 やがて、分厚い辞書が並ぶ本棚の傍、壁の色と同化した、保護色風な扉があった。

 貼り付けられたプレートを見る限り、どうやら書庫らしい。

鍵を開けて躊躇なく入る憧子に倣ってそのまま中へ。


「これが書庫……?」


 書庫らしく、壁一面は地味な灰色いコンクリートで覆われている。しかし、床にはイメージに似つかわしくなく、パステルカラーの絨毯が敷かれていた。

室内の半分は、『書庫』と言われてるだけあって積み重ねられた本で埋まっている。

 もう半分の空いたスペースには、可愛らしい色をしたピンク色の座布団と、風呂敷で包んだ何かを載せた、正方形のガラステーブルが置かれていた。横広の部屋が真っ二つに分けられている感じだ。


「インテリアの本をたくさん読んで研究したんです。オシャレでシンプルな感じにしたかったので」


 憧子がスカートを折りたたみながら座布団に座り、対面に座るよう促される。


「書庫を私物化しても大丈夫なんですか? 他の図書委員の人も使うんじゃ」

「私以外の図書委員は不真面目な方が多いので、書庫を利用することはないですよ。鍵も委員長の私が管理していますので。」


 不満気を一切感じさせずに淡々と述べる憧子。きっと、本が大好きなのだろう、と哀斗は感じた。


「そ、それよりもお昼はまだでしたよね……?」


 本好きの図書委員長に及び腰で尋ねられる。


「いやあ、実はすっかり忘れていて……」


 恥ずかしがる哀斗を見て、憧子はくすりとほほ笑む。


「よかったです。それでは、一緒に食べましょう」


 言って、憧子はテーブル上の風呂敷を解いた。すると、同じ柄、同じ大きさをした2つのお弁当が露わになる。


「家族以外に食べてもらったことはないので、お口に合うかわかりませんが」


 もしよろしけえれば、どうぞ……、と緊張しているのか憧子は手を震わせながら哀斗へと弁当を押す。

 そんなことは露知らず、これはもしやっ、手づくり弁当イベントっ⁉ と、心の中で哀斗は雄たけびを上げる。


「いっ、いえっ! すっごく嬉しいです!」

「ふふっ、食べる前からそんなに嬉しそうにするなんて哀斗くんは面白いですね」

 憧子が慈愛の目を向けているのに気づかないまま、哀斗はいそいそと蓋をあける。

「うおおっ」


 卵焼き、からあげ、おにぎり、トマト、ウインナー等々。定番どころが詰め合わされていて、不均等な形をしているおかずから、手づくり感が伝わってくる。


「(感激だ、女子から弁当を手作りしてもらった……! それも、美少女に!)」

 

あまり期待しすぎないでくださいね……と憧子の呟きもほどほどに。


「いただきます!」


 からあげを口にする。


「んっ⁉ (このからあげ、ただ揚げただけじゃない。お弁当用に少し濃いめの味付けがされている。それから、生姜の風味も絶妙だ。下味の付け方が相当に上手だ……!)」

「お口に合いませんでしたか……?」

「いえっ! すごく美味しいです!」


 無自覚に出た哀斗の純粋な笑顔に憧子はつい、「きゃわわ……!」と俯き声を漏らす。といっても、美少女の手作り弁当に夢中な哀斗が気づくわけもなく。

 そうして、弁当を半分ほど食べ終えた哀斗は、ある程度落ち着いたのか、憧子の顔を見て疑問符を立ち上げた。


「涼詩路さん、ほっぺたどうしたんですか?」

「あーこれは……気にしないでください」


 萌え死にそうになったから頬をこすって気を紛らわしていた、とは口が裂けても言えない憧子だった。

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