第11話

「田中先生。これ、頼まれていたものです」

「ありがとう」


 哀斗は頼まれていた哀果のインタビュー用紙を提出しに、職員室へ来ていた。

 ホームルームまで、まだ余裕のある始業前。コーヒーやお茶を片手に世間話をしている教師陣で溢れている。

 そんな中、一人資料整理をしていた2Aの担任は、ぴっちり黒スーツの見た目通りの真面目さ故に仕事に励んでいた。ひょっとすると、孤独感を紛らわせるがためにやっているのかもしれないが、考えないことにしよう。田中先生が職員室で他の先生と話ているところを見たことがない。あ、ダメダメ考えちゃ。


「ふん……」


 田中先生は、哀果の回答したインタビューを真剣な面持ちで目を通す。

 やがて、読み終えると「完璧ね。お願いして正解だったわ」とのお墨付きをくれた。

 哀果に言いつけられた通り、中を確認していなかった哀斗は、最悪突き返されることも覚悟していたのだが宣言通りに真面目な内容で固めてくれていたらしい。

 ほっと胸を撫で下ろし、始業前に仮眠でもしようかなと先生に会釈をしようとした矢先、背後から名前を呼ばれた。


「哀斗……?」


 振り向くと、美少女がいた。

 翡翠色の瞳に白磁色の綺麗な顔。きらきらと光るブロンドの髪は腰まで延びている。日本人離れな凹凸のはっきりとしたモデル体型のせいか、日常的に目にする女制服と同じとは思えない。更には完璧なように見える中で、てっぺんのアホ毛がどこか気安さも漂わせている。

 天は二物を与えず、そのことわざに対義的な彼女の存在は、酷く非現実的だった。

 それほどまでに完璧な美少女だった。

 しかし、どうしてか妙な既視感を憶えた。が、考えを巡らせることは当人によって阻まれる。


「やっぱり哀斗だ!……って、ちょっと、無視しないでくれる?」


 強気な態度でずいっと距離を詰められ、ふわりと甘い匂いが舞う。

 鼻孔に触った馴れない刺激に、哀斗は我に返る。

 青いネクタイ……つまり2年、同級生だ。


「どうして俺の名前を?」

「は? 何、忘れたわけ?」


 ありえない、と言わんばかりに目を見開く金髪美少女。

 しかし、哀斗には点でわからなかった。面識がないのだ。

 日本人には見えない見た目――海外渡航の経験など一度もない哀斗にとって、外国人の友達なんているわけもないのだ。

だが、唯一可能性があるとすれば――。


「彼女は、星羅リミリー(せいらりみりー)さん。今日からウチのクラスで一緒に学ぶ、転校生よ」


 さらりと、田中先生が目の前の美少女を紹介してくれた。

 しかし、星羅リミリー、外国風な目立つ名前だがやはり聞いたことはない。


「ごめん。やっぱり――」


 『初対面じゃないかな』と喉元まで出かかったが、すんでのところで止めた。

 ひどく辛そうな、縋るような目をしていたからだ。哀しそうな、触れたら壊れてしまいそうな目だった。

 翡翠職の瞳に囚われていると、


「顔見知りらしいし、積もる話もあるでしょうけど、後でゆっくり話をしてみるのはどうかしら?」


 田中先生から助け舟が入った。と同時、予鈴が鳴った。

 ホームルームが始まるからさっさと教室に戻れ、ということだろう。

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