第5話

「ん?ちょっと変わってないか?」

「う、うるさい」


 口を大にして、ギャルゲの主人公になりたい、なんて人前で言えるくらいに哀斗の勇気は大きくは無かった。それでも、大方は言葉にできたと思う。


「そうそう、それくらいの軽口叩いてくれた方が具合がいいぜ。それにオレが女だしな、男としては見栄張りたいもんな」

「いや、ほんとうるさいよっ⁉」


 恥ずかしさで死にそうです。

 笑う彼女を見ながら、哀斗はノリでとはいえ、なんてことを口走ってしまったんだ……と後悔。後悔先に立たず、とはこのことである。


「言ってしまったものは、しょうがないよね」


 とはいえ、哀斗も男。ここは腹を括る。


「(それにしても……)」


 確かに、魔法らしいものは実際に受けた。直接見てもいないのに名前だって当ててみせたし、足を金縛りのような状態にもされた。

 しかし、見た目はちょっと美人すぎる女の子なのだ。街中で見れば、美人といって差し支えない顔とプロポーション、更には奇抜なファッションが道行く人の目を奪うだろう……それでも、『ただ派手なギャル』なのだ。

魔力を使って見せ、願いを叶えると豪語しているものの、見た目は現実にいてもおかしくはないレベルに納まっている。

 そんな哀斗の胸中を読み取ったのか、彼女はおもむろにマフラーを解いて首元を晒した。


「鱗……?」


 あった……! 人間には絶対にないモノ。進化の過程で必要とされなかったモノ。

 彼女の首元から、紅の鱗が禍々と覗いていた。数センチサイズのそれは、継ぎ接ぎといった感じで、首全体が覆われているわけではなく、隙間からはぽつぽつと人間らしい皮膚も見える。


「どうだ?オレが人間には見えないだろ?」


 人外の女の子はふざけたように言いつつも、寂し気な目をしていた。もちろん、それどころではない哀斗は気づきはしなかったが……。


「君はいったい……」

「おっと、そうだった。まだ言ってなかったぜ。オレはアスモウラだ。これからはそう呼んでくれ」


 ペロリと唇を舐めてから、気さくに名乗った。

 哀斗の、そういうことじゃなくて……という言葉を流し、アスモウラは続ける。


「契約だ。零細哀斗」


 アスモウラが、首元の鱗を一枚剥がした。しかし、痛がる様子はない。まるで、あらかじめ剥がせるようにできているみたいだった。

 淡々と不可解な行動を取るアスモウラの姿を哀斗はただ呆然と見つめた。

超常的な現象が見れるのではないかと期待して。

この退屈で繰り返しな毎日が変わるのではないかと希望して。

 哀斗の眼を見て、アスモウラは愛おしげな表情を浮かべる。


「ラプラスの悪魔の名の基に、ここに契約を示し、応じよ。彼、零細哀斗を主人公にするための力を」


 アスモウラが祈るように綴ると、手にしていた鱗がひとりでに哀斗に向かって飛び、心臓に向かって溶け込んだ。

 一瞬だけ言いようのない気味の悪い感覚がしたが、すぐに霧散する。


「これだけでいいの? かなりあっさりじゃ……」

「こういうのは勢いが大事なんだぜ、勢いが。それに、哀斗の性格的にうじうじするのがオチだろ?」

「初対面だよね……まあ、間違ってはいないけど」


 魔力という摩訶不思議なワードのせいで面食らっただけ、誰だって戸惑うはずだ、哀斗が心の中で言い訳をしていると、


「そういえば、事後報告で悪いんだが、願いの代償はとして寿命はもらっとくぜ」

 

お菓子もらってくぜ、並に軽いノリで言われた。


「へ? 何それ」


 呆けた顔になった哀斗にアスモウラは、


「寿命」


 と、これまた軽々しく言った。


「ジュミョウ」

「何言ってるかわからないって顔なところ悪いが、ただで願いを叶えるわけがないだろ?」


 物を買うにもお金がいる、遊ぶためには時間がいる、それと道理はおんなじか。納得はできる、が……。


「ごもっともな意見だけど、あらかじめ説明を……」


 持っていかれる寿命の量にもよる。いつ死ぬかわからない不安にひょっとしたら襲われるのではないだろうかと、哀斗の頭に不安が募る。


「そんな顔するなって。寿命をもらうっつったって、この先全部もらうわけじゃねえからよ。哀斗が主人公になれている期間だけ……つまりは、その夢にしていた生活にかかる時間分だけもらうだけだぜ」


 悪徳商法的な発言をもっともらしく言うアスモウラ。腹は立つが、理にかなっている。


「かかる分だけでいいの?」

「そうだな。哀斗が満足するまででいい」

「……ならまあ、いっか」


 哀斗の発言に、アスモウラが初めて戸惑ったように返した。


「オレが言うのもなんだが、軽すぎやしないか? だいたいの人間ってのはここで逆ギレするか慌てるかの二択じゃねえか」

「そうなの? ていってもこのままいっても何も面白くないし……」


 いつもと変わらない毎日を過ごすくらいなら、バフで着色した人生に掛けてみるのもいい気がする。それが、自身の寿命を対価とするものであっても……。


「そんなもんか。いや、オレが忘れちまってただけか」


 なんだかよくわかららないことを言うアスモウラだったか、そこか納得したような雰囲気を感じる。

 人外らしいし、人間よりもずっと長命なのかもしれない。

だからこそ、つまらない毎日を変えたいという気持ちがすんなりと伝わったのかもしれない、と哀斗は身勝手ながらも思う。


「悪かったな。人間の驚く顔が見たいばっかりに、つい代償の説明を後回しにしちまう。オレの悪い癖だ。この間も失敗したってのによ」


 この通り! といった具合に顔の前で手を合わせるアスモウラ。


「この間って、他にも誰かの願いを叶えたの?」

「おう。確か3日前だったっけか、ハゲ頭のじじいが死んじまってな」


 そう語るアスモウラは、思い出話に花を咲かせるかの如く、お調子者な表情。

 『3日前』というフレーズと、『死』というフレーズが、哀斗の脳内に学校で聞いた殺人事件の話を想起させた。


「確か、鹿跳神社前の道路で、被害者は倒れていたって……」

「お、もしかして知ってたか?」


 人間は人の生き死にに敏感だよなあ、とアスモウラが笑った。

 いつの間にか唇が渇いていた。


「ど、どうしてそんなに楽しそうなの?」

「だってよお、そいつがあまりにも身の丈に合わない願いをしたんだぜ。1億円欲しいだなんて願い、生い先短いその命じゃ全然足りないってのにな。そんな大層な願いしたら、均衡がとれずに一発昇天だぜ。いやあ、噂になるくらいなら初めに願い聞いてから、契約するべきだったわ」


 確信した、目の前の少女。人外の存在、アスモウラこそが事の核だった。


「人が一人死んだんだよね……?」

「あ?」


 アスモウラからは、人の死に対しての後ろめたさが感じられない。朝食は何を食べたとか、昨日は何時に寝たといった日常生活の何気ない、軽い世間話をしているように軽く話をしている。常識的ではない発言に対し、嫌悪感のようなものが込み上げてくる。

 だって、まさしく目の前の彼女は――


「まるで、ひとごろ――」


 哀斗が、言い切る前に、アスモウラの右手が口を覆った。華奢な体からは想像できないスピードと、力強さだった。


「それ、先を口にしたら絶対に地獄に落とすぜ? オレはまだまともでいたいんだ……わかれよ? なあ」


 禍々しい雰囲気に、ただの脅しではない気迫を感じる。ほとんど反射的に哀斗はゆっくりと頷く。


「従順な人間は好きだぜ」


 アスモウラはすっかり垢抜けたテンションに戻った。つられて、哀斗も自然と強張って全身から力を抜く。

 少し整理しよう。

 まず第一に、目の前の彼女が殺人事件の要となっているのは間違いない。

 被害者の男性はアスモウラと契約を行ったが、自身の命に見合わない願いをしてしまい、その場で命を落としてしまった。契約を交わすということ、願いによって代償がどれ程かかるのか説明しなかったアスモウラもアスモウラだが、それを確認しなかった被害者もまた悪い、のかもしれない。


「(現に俺もこうして聞きそびれたまま契約(?)をしてしまったのだし……)」


 なんにせよ、アスモウラは憎くて男性を殺したとか、そういうことではなさそうだ。本人もただの事故程度にしか思っていない。

 それどころか、アスモウラにとっては道端に居た蟻を踏んでしまったとか、その規模まで落ち込んでいるようなことかもしれない。


「よくよく考えて見れば関係ない話、か」


 さっきの発言を一言で表すならば、偽善だろうか。

 顔も知らないおっさんが自信の確認不足で命を落としただけ。

それを聞いて熱くなったところで、おっさんは生き返らないし、得体の知れないアスモウラの機嫌を損ねるデメリットが生じるだけだ、そう納得することにしよう。


「変わった人間だな、哀斗」


 何を見てそう感じたのか、アスモウラが珍しそうな眼を向けてくる。


「そうかな?」

「こういうのなんて言うんだっけか、変人だ変人」


 手を叩いて笑う仕草に、哀斗は少しだけ苛立ちを覚えた。


「うるさいな、人を馬鹿にするなよ」

「悪い、気に障ったか。馬鹿にしてるわけじゃないぜ。それに、オレは哀斗みたいなやつ好きだぜ?」

「(無邪気な笑顔だ)」


 案外素直なやつなのかもしれない……。


「はあ、いったいなんなんだよア、アスモウラはっ」

 

めまぐるしく雰囲気が変わるアスモウラにどぎまぎしてしまう自分が恥ずかしくなって、哀斗が八つ当たりのように投げた言葉だったのだが、彼女は額面通りに受け取ったらしく、


「言ってなかったか? 悪魔だぜ?」


 今日一のトンデモ発言を口にした。

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