第4話

 人形かと思った。

 琥珀色の瞳の端正な顔立ち。ねめつくように燃える炎を連想させる紅の髪は全体的に長い。右目は完全に隠れていて、後ろ髪は一本の三つ編みで纏められている。

 哀斗の驚いた顔へ冷やかすような笑みを送ってから、彼女はその場で足を開いて立ち上がる。

 非現実的な雰囲気に気圧され、哀斗は数歩引き下がる。

 背丈は中学生くらいだろうか。

髪色とは正反対の落ち着いた水色のビッグシルエットが体全体を包んでいて、首元には夏だというのに黄色いマフラーを巻いている。

信号機を連想させるような奇抜な服装。マフラーよりもせり出した豊かな胸が、女性であると主張していた。


「つい疲れて無自覚にも変なことを口走ってしまったなあー! 微塵も思ってないのになあー!」


 哀斗は自身の瞬間対応能力のミジンコっぷりに落ち込みながらも、苦し紛れの言い訳をする。ほとんど出涸らしのようなものだった。

 いったいいつから聞かれていたのだろう。高校生にもなって虚しい現実逃避。


「(いっそ溶けてなくなりたい。アメーバのように……どろどろに緑色で……はは……)」


 羞恥心と後悔からメンタルが崩壊一歩手前だからだろうか、自然と後ずさりをしていた。しかし、5歩程こなしたところで、自分の意思と関係なく途中で止まる。

 両足が鉄球で繋がれたように重たくなっていた。


「そう遠慮するなって。えーと、なんて読むんだこれ。ぜろさい? ぜろさい、かなと……お前、名前なんて読むんだ?」


 目を瞑り、呻りながら首を傾げて尋ねる、彼女の紅髪が揺れる。

 足の指一本たりとも動かせない状況について疑問はあるものの、琥珀色の瞳から放たれる眼光が口を開かせた。


「れいさいあいと、だ」

「れいさいあいと……。ああ!10年も前に見たから忘れてたぜ」


 10年というワードが引っ掛かったが、それよりも気になることがあった。

 彼女は『名前なんて読むの?』と訊いてきたのだ。つまり、名乗ってもいないのに漢字を把握していたことになる。


「どうして、俺の名前を知ってるんですか?」

「だってお前、名前書き込んでたじゃねえか」


 哀斗も少女と同じように、思わず首を傾げた。

 足元の『参拝者名簿』を指差されるも、哀斗の記憶が確かなら彼女は一度もそれを開いていないからだ。


「不思議そうな顔するんじゃねえよ。現に、ままならいでいるはずだぜ」


 続いて、足を指さされる。


「だからまあ、ちっとはおしゃべりといこうぜ。な?」


 彼女がパチンと指を鳴らすと、足に掛かっていた不可視の重圧が消えた。


「超能力……?」


 呟いた推測に、


「うんにゃ。魔力だ」


 普通なら、平然と魔力を行使しただのと言えば、頭がオカシイと思われるだろう。しかし、超常的な力を実際に感じた哀斗は、否定する意思は湧かない。ただ驚くほか無かった。だから、その先に続く言葉にも強い疑心を抱くことは無かった。


「お前さんの願い叶えてやるよ。このオレが。夢を現実にしたいんだろ? できるぜ、今なら。といってもこの先の未来のこと限定にしてくれよ? 流石のオレでも過去を変えることだけはできねえからよ」


 早口でそう捲し立てられた。


「願いと言われても……」


「とりあえず、その真面目口調やめろよ。こっちまで気持ち悪くなるだろ。それと、今更なーに恥ずかしがってるんだ? 願い事を言うくらいでビクビクしてんじゃねえ、男だろ?」


 少なくとも女じゃねえだろ? とでも言いたいのか、琥珀色の瞳を妖艶に光らせて自身の猛烈なバストを揉みしだく少女。

頭のネジが飛んでいるんじゃないかと思う少女の行動に、哀斗はたじろぐ。童貞にはとても刺激が強かった。

 淫靡な光景で激しさを増した動悸を深呼吸で落ち着けてから、哀斗はためらいがちに一歩前へ。

 踏み出せたのは、目の前の少女の超常的な力。目がチカチカする、他人からの視線等気にしていないかのような派手な見た目。彼女から太い芯の様なものを感じたからだった。


「……じゃ、じゃあ、俺を主人公にしてほしい」

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