第3話
赤みがかった空の色が慣れ親しんだ地元道を染める落ち着いた雰囲気の通学路。昼間はが鳴り立てる蝉も雰囲気に呑まれたのか、静かだ。哀斗は、中央線すら引かれていないアスファルトの上を歩きながら、今しがたもらった哀果へのインタビュー用紙に目を通していた。
・高校生活の経験で今の仕事に生かせていることはありますか?
・高校生活で思い出に残っていることはなんですか?
・来年度、本校を志望する受験生へ一言
他にも、数個箇条書きで載っていたが、そのうちの一つ、
・将来の夢が明確になったのはいつですか?
という質問が目に留まった。
「将来の夢、か」
高校二年生の哀斗にとって、将来の夢――少なくとも進路を決めないと行けない日まで、そう短くはない。
一般職に就くのか、技術職に就くのか。それすらも決まっていない。
日々、やっていることと言えば、ギャルゲやアニメ鑑賞、ゲーム、そんなところだ。
三年になってから決めればいいやと、楽観視する人も中にはいるだろうが、哀斗は当てはまらなかった。
毎日目にする同居人の表情がキラキラしているからだ。
高校を卒業すると同時にシナリオライターとして世に実力を示し、昔から好きでやっていた物書きを職へと昇華させた哀果。
基本的に一人ぼっちで家で仕事をしているはずなのに、孤独を感じさせない程に楽しそうに執筆をしている。時たま、ネタに詰まったのか酷く落ち込んでいる時もあるにはあるが、それ以上に活き活きとしている時の方が多い。
哀斗は、そんな実の姉に尊敬のようなものを抱いていた。
セクハラ気質なところや、かなりアブナイ所までブラコンが悪化しているのは除いてだが……。
楽しそうな社会人と暮らしていれば、自分もそうなりたいと思う……のは必然と定義するのは無理くりだが、少なくとも進路が易々と決められない理由にはなっていた。
「だけど、趣味を仕事にしたいとは思わないしなあ」
ギャルゲが好きなのは間違いない。しかし、それを創る側になるとすれば考えは違ってくる。あくまで、作品に浸ることが好きなのだ。
魅力的な世界観や可愛い美少女たちに触れ、時にはカッコイイ主人公に感情移入したり。そういうのが楽しくてやっているのだ。あくまでも消費者側。消費ブタのままでいいと思っている。
趣味を仕事にすると、好きだったものが嫌いになってしまうというのも、オタク業界へ進もうと考えた時に誰しもが聞くことになる意見だ。
と、諸々考えた挙句にでた結論。
「ってことは主人公にでもなりたいのかな」
自分の口から出たふわふわとした願望につい笑ってしまう。
とんだ夢物語だ。中学生の方がまだ現実を見ているに違いない。
呆れたところで、手にしていたプリントを鞄にしまう。
――いつのまにか、鹿跳神社の目の前だった。
道脇に流れる広い用水路に掛けられた2m程度の橋の先にひっそりと佇んでいる。
20段程度の石段と年配の参拝客を配慮した手すり、その上に鳥居が立っていた。
白木でできた鳥居は、ところどころ風化していて色味も全体的に灰色がかっている。
朝は気にも留めなかったが、考え事の内容のせいもあり足が止まった。
「……参拝していこう」
そう思い、方向転換してから脳裏をよぎる田中先生の言葉。
まさに、この神社の目の前の道路で札事件が起きたということ、そしてまだ犯人は捕まっていないということ。
死因は聞いていないから分からないが、道路には血痕も、犯人を型取ったチョークの後も見当たらない。本当に殺人が行われたのか、是非を問いたくなる。
「殺人犯もノコノコと出歩くわけがないよね」
現実味の無い環境と、危機感の無為から、哀斗は石段に足を掛ける。
段数は少ないものの、一つ一つが高めの石段を昇った先には、
「久しぶりに来たけど、これはひどい……」
途中でばっさりと折れてしまっている枯れた大木に、伸びきった雑草。かろうじて、本殿までの道は地面が見えているものの、とてもじゃないが整備されているとは言えない。
道脇には、祀っている神様の名前が書かれた看板らしきものも立ってはいるが、字が掠れてまるで読めない。
「管理人が亡くなりでもしたのかな?」
憶測を口にしながら荒れた道を進むと、すぐに本殿だ。
こちらも、鳥居に負けないくらい古い。
がっしりとした木で作られているものの、所々コケで覆われており、本体にも亀裂が入っていて老朽化ナウといった具合だ。地震が来たら一発で崩れる気配すらある。
それでも神社らしく、大きな鈴と賽銭箱は設置されている。どちらも緑がかってはいるが……。
いや、一つだけ神社らしくない物があった。
「……買い物かご?」
お賽銭箱のすぐ横に、スーパーで商品を入れる、あの買い物かごがぽつんと。黄色ベースで作られたかごの中には黒い表紙のノートがあった。黒地に、不均等に切られた画用紙が貼っており、そこにマジックで『2018年参拝者名簿』と書かれている。
表紙に掛かった土埃をはたいてから開いてみると、中は空白だ。
今年は誰も来ていないのかとも思ったが、来た人全員が律義に記入するわけもないだろう。
哀斗としても普段ならば面倒がって放置するところだが、今日は違った。
「名前すら書かないで、はいお願いしますってのも違うよね」
気まぐれで書いてみることにした。
ノートに挟んであったクリップ付きのボールペンで丁寧に。
元あった買い物かごの中に戻してからポケットの中の財布を開く。
5円玉だけ取り出して、賽銭箱に放る。
軽い金属音を聞きながら、二拝二拍手一拝。
神社参りの経験が浅いため、正しくできているかは不安だが、記憶を頼りにやってみてから、気づいた。
願いごとも何も言っていないなと。
考えたところで明確な夢の一つも思いつかなかった哀斗は咄嗟に、
「ギャルゲの主人公みたいになりたい」
夢物語100%の非現実的な願いを口に出していた。
自分言ったのは間違いないが、アホ丸出しの発言に驚き半分恥ずかしさ半分で背後を振りかえって目撃者がいないことを確認してから、目頭を押さえる。
「馬鹿らし……。疲れてんのかな」
「面白いこと考えるもんだなぁ」
「ああ、自分でもアホくさいなって思うよ……って、え?」
未だ滲む視界の中にゆらゆらと人影が映った。
「やや、夢見がちな少年クン。君の願いオレが叶えてやってもいいぜ?」
見知らぬ少女は賽銭箱の上にガニ股で座りながら、にやけ面でそう言った。
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