プロローグ2
恋愛シミュレーションゲームを御存知だろうか?
魅力的な美少女たちとの数々のイベントシーンを巡り、仲を深めることで交際、延いては血痕……おっと、誤植としたいところだが、稀にある。いや、言いたかったのは『延いては結婚』ということなのだけど……。
そんな夢体験ができるゲームを中学生の頃から嗜む程度にはやってきた。
その度に思うのだ。ああ、こんな可愛い子達とイチャイチャしながら学園生活を送りたいなあ、と。
今まで浮ついた話が一つも無かったこともあり、ゲームの中で起きる美少女とのイベントに対する憧れは、割と強かったりする。
幼馴染な美少女が毎日起こしに来てくれる、とか。
空き教室で美少女に手作りのお弁当を食べさせてもらいたい、とか。
美少女の家で、二人だけの勉強会、とか。
挙げるときりがないのだが、そういったイチャイチャイベントなんて何一つとして起きなかった。
他力本願。この言葉が原因と言えば、察しがつくと思う。……色々と。我儘ばかり言ってごめんなさい。悪いのは自分です。
こほん。
とまあ、つまるところ、誰の好感度を上げることなく、人生を歩んできたわけだが。
わけ、なのだが……。
どうして、今――美少女と一対一で教室に居るのか。そして、告白イベント(仮)発生中なのか。
舞台は、夕暮れの放課後。
前述した通り、登場人物は、自分を除くと、女子――訂正、美少女が一人だ。
帰りのホームルームが終わり、クラスメイトが部活動や帰宅へと向かうには充分な時間が経った教室。
黒板に寄せるように机と椅子は並べられていて、その甲斐あってか生徒感覚で言えば、教室の後ろに当たる場所には物が何もないちょっとしたスペースができていた。
休み時間の度に、友達同士が集まって寄り合いに使われるような場所だと思う。『週末or放課後にどこで遊ぶか』と、議題はそんなところだろうか。
内容はどうあれ、毎休み時間の度に一生懸命に話をしているところを見るに、将来は意味のない会議をしたがる嫌な上司になる日は近いんじゃないだろうか。
……ごめんなさい、友達がいない(重要)ので、妬みを言いました。リア充だいしゅき!
現実から目を背けたい願望が脳内を巡っていることもあり、話が逸れていまっているが、多少は心臓の鼓動が早くなっているし、無駄話と一蹴しないで頂きたく……。
……現実逃避をしまいがちになっている言い訳としては、第一に対面に居る彼女と好感度が変動するようなイベントが何一つ怒らないままに告白イベント(仮)を迎えてしまっていることにあった。
ゲリライベントをソーシャルゲームで何度となく経験していようとも、リアルでのゲリライベントにはめっぽう弱いのだ。
さて、窓から差し込む夕日に、ブロンド髪を煌かせ、クォーターである彼女の翡翠色に染まった瞳はしっかりとこちらを捉えている。
しかしながら、威圧感一つ感じることがないのは頭頂部にある跳ねっ毛か、はたまた朱色に染まった頬のせいだろうか。
実の姉とくらいしか、女子と碌に会話をしたことがないので判断しかねる。
……姉との会話を『女子との会話』にカウントするのはどうなんだというのは、受け付けたくないので、禁止ワードにでも設定しますね。
顔を夕日に曝してなお、はっきりと頬を染める彼女の名前は、星羅リミリー(せいらりみりー)。見た目通りの、外国風な名前だ。
同じ教室で勉学に励んでいるクラスメイト。唇のわなわなっぷりからは、視界を通して、羞恥心やら緊張感やらが伝わってくる。
しかし、心裡にはリミリーとは違った緊張感――この場から逃げたいという感情が鎌首をもたげている。
そんな心境は露知らず、リミリーは場の空気を支配しにかかるが如く、一歩前進。
目線がほぼ同じなだけあって視界が美少女の顔で溢れかえり、ついつい「んぉっ……」なんて家畜一直線なキモブタ発言をしてしまった。
それでも美少女こと、リミリーは気にならないのか震える唇を開き、声を伴って鼓膜を振動させる。
「その……。じつはアタシね……」
決心がついたように、リミリーは両こぶしをスカートの横で握りしめる。
彼女の様相を見て、自身のも同じような姿勢になっていることに気づき、動揺していると自覚する。
「好き……なの」
告げざまに、握りしめていたはずのリミリーの両手は、いつの間にか同じように握りしめていた俺の両手を優しく握りしめていて……。
ただでさえ壊れんばかりに脈動している心臓が、より強く動き始める。
17年間の灰色の人生に吹く一陣の春風。
『勇気を振り絞って伝えたよ?』そんな健気さがリミリーの目元で光る涙から伝わってくる。
夢に見た、薔薇色の学生生活への第一歩。
踏み出そうと、口を開く。
が、その意思よりもコンマ一秒だけ早く声が出た。
ずっと待ち望んでいたゲームの世界のような出来事に、手放しでむせび泣いてもいいところなのだが、嬉し泣きという意味では、やはりむせび泣くことができないらしい。
「俺、シスコンなんだ」
やっぱり駄目か……。
伝えたかった言葉は発言を許されることはなく、唐突な姉への求愛発言によって、告白イベントは幕を閉じた。
勇気を振り絞って告白した相手にその発言はないわ、と思うのが当然だし、同じ気持ちだ。一人になった時に怪我をしない程度に自分を戒めるので、ほんの少しだけご容赦願いたい。
今まで思いを馳せていた夢のようなイベントで、強制バッドエンドまっしぐらへと選択肢を固定されたのはなぜなのか。
そうして、終わりゆく青春の文字を脳内で哀しながら、2日前を思い出す――。
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