インセスト・トゥルー

涼詩路サトル

プロローグ

 背中越しに感じる。

 急げ急げと、気持ちを急かすような熱さだ。

 それだけじゃない。メキメキと不快感を煽る、軋むような音も相乗されている。

 周りの草木が燃えているのだ。

 既に、活き活きとした緑っぽさはなく、真っ赤に染まったそれは、風に揺られる度に黒い煤を飛ばしてきて、顔をべたつかせる。

 馴れない頬の感触に集中できればよかったのに、と一人ぼやく。

 遠大な焚火のせいか自身の身体に熱が籠っていくのを感じた。察してから、少しでも体温が移らないかと『背負った重み』を揺すり、接触面を増やす。

 肩から垂れて二の腕に触れている指先は既にひんやりとしていて、実感する度に息が上がる。燃えて薄くなった酸素のせいだと思いたい。

 心の中を、憤りが支配していく。

 一番損傷の激しい大木の根元を見やる。

 戸籍上は親である二人が、乗っている車と同じように、だらりと涎と血の混じった体液を流していた。

 このまま放っておけば、身体全体を揺するような自己主張の激しい息遣いも、時期に止まるだろう。

 どうせ止まるのなら、蛆虫のような生命力を分け与えろと内心毒づいてしまう。

 どうしてこの子ばっかり……腕のか細い筋肉が強張る。

 同時――大木は倒れ、側近の鉄の塊は鈍い音を立てながら、あっさりとひしゃげた。

 しっかりと見届けたところで、口の端がひきつった。

 

――よかった。


 それから、一歩一歩とまだ炭化していない小枝と葉を選んで、踏み鳴らしながら傾斜を昇る。

 意識の無い人を一人抱えたまま昇るのは骨が折れるが、諦めるわけにはいかない。

 ここを乗り越えさえすれば、人生のリスタートを切れるのだ。

 ピンチをチャンスに変える。それができる人間が、人生をより楽しく生きられるのだと耳にタコができる程聞かされる世の中だ。当然、理解してる。

 大きく歪んだ、白いガードレールが見えてきた。

 見間違えることが無いように、乾燥している瞼の擦れを眼球越しに感じるのも厭わずに、何度も何度も瞬きを繰り返す。

 認識してしまうことで、頭が早とちりを起こした。

一瞬だけ足元がふらつくが、下唇を噛み切って、血と一緒に冷静さを叩きこむ。

 生きる。生きる。生きる。

 何度も口に出して、なんとかガードレールを抜ける。

 人の営みを感じさせるアスファルトを、二人分の体重を載せた膝で実感する。

 そうしていたのは10秒だけだった気もするし、10分以上だった気もするが、我に返らせたのは膝から感じる痛みだった。


 弾かれたように、背中越しに何度も名前を呼ぶ。

 

 疲労感を意識しないよう、ねぎらいの言葉を掛ける。帰ったら何を食べようかとか、明日からの生活のこととか、他愛のないことを笑顔を顔に貼り付けて言った。

 

 だけど、返事は返って来なかった。

 

 やめろと、弱い自分が言っている。

 目を背けるなと、強がりな自分が言っている。

 そっと、背中に意識を集中させた。

 

 自分の心臓の脈動と比べて、明らかに弱弱しく、遅かった。

 気づけば、首元を撫でていたこそばゆい息遣いも、失せていた。


 視界が霞む、ここが終幕だと。

 視界が滲む、これが末路だと。

 世界が嗤う、これが人生だと。


「―――――――――――――――――――!」


 そして、慟哭が世界を貫いた。


 比喩ではない。


 ぱっくりと裂けたのだ。

 目の前の景色が。

 深淵から、琥珀色の光が揺れていた。


―――粉うことなき希望の光だと、その時の頭では、縋る他なかった。

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