第93話 収束の地は

『リリニアさん──! 聞こえますか──聞こえたら──返事をしてください──!』


 ボクはリリニアさんから聞いた”念話ねんわ”というキーワードだけを頼りに、水晶宮殿すいしょうきゅうでんがある方角へ向かって叫んだ。ただし、頭の中で。



「マコ!? なにこの、頭に直接響いてくるような……」


 ミナミが目を丸くしながら耳を押さえた。

 どうやらボクが飛ばした声を聴けたみたいだ。


「うん、すぐにでも確かめたくて。リリニアさんなら、何かわかるんじゃないかって……」


「リリニアさんって、頭の中で呼んだら応えてくれるの?」


「いや、どうだろう……。なにせ、ボクも初めてやってみたからさ」


「ええ……」


 ボクはもう一度目を瞑って、更に集中した。


『リリニア──さーん! 応えて──くださーい──!』


 泥兵士ゴーレムを造った時と同じ要領で、自分の”波動”を注いで響かせるイメージも込めてみる。

 このメッセージが届くかどうかはわからない。方法が合っているかどうかも……。


 だって、居ても立っても居られなかったから。

 一刻も早く、たったいま閃いたバル様を救う手立てを確かなものにしたかったし、リリニアさんだってそれは同じはず──


『──うるッさいねェ!! んな大声出さんでも聞こえてるわァ! 樹海全域にな!!』


『あ、えっ!? ご、ごめんなさ……』


 ──バシュウン!

 空間がぐにゃりと渦のようにひしゃげて、あっという間に目の前にリリニアさんが現れた。


 いつものドレス姿と違って、どう見ても寝巻きだ。ピンクのパジャマだ。

 ふわふわのナイトキャップの隙間から、ねじれたツノが飛び出している。


「あーッ、まったく! 加減ってもんを知らんのかお前は!?」

 その迫力は、リリニアさんがパジャマ姿ということを差し引いても鬼気迫るものがあった。


「ごめんなさい、すみません! お、起こしちゃいましたか? 寝る時間でした、よね」


「はン。ぜんぜん眠くないし、寝てねェよ。寝れてたまるかってんだ。……で? なんなんだ」


 彼女は目尻をこすりながら、欠伸あくびを噛み潰した。

 ボクはもう一度”起こしてごめんなさい”と謝ろうかと迷ったが、本題から入ることにした。


「あ、あの! 天弓てんきゅう祭壇さいだんについて、教えていただきたいんです」


祭壇さいだん? まさかお前、起動するつもりか、アレを」


「……はい。もし大気中の魔素マナが活性化したら、バル様の魂を探すのに役立つんじゃないかって思いまして」


「そうか、お前は天弓てんきゅう巫女みこだったな。……アハハ、すっかり忘れてたよ」


「わ、忘れますかね?」


「そりゃアタシにとっちゃ、そんなに重要じゃないことだったからな。しかし……ふむ、なるほど。祭壇さいだんの起動か……」


 リリニアさんは腕組みをしながら、ふっと後ろに倒れこんだ。

 え、危ない──と思ったのもつか、リリニアさんのお尻は地面にぶつかる直前、出現した氷細工こおりざいくの椅子に受け止められた。


 ボクもリリニアさんにつられて腕を組みながら頭を捻ってみたけど、考えてもボクの頭の中にある祭壇についての知識なんて、たかが知れていた。

 もっと不思議そうな顔をしているのは、ミナミだ。


「マコもリリニアさんも、何をそんなに祭壇祭壇って騒いでるわけ? ちょっと試しに起動してみるってわけにはいかないの?」


「……ま、確実に面倒なコトにはなるだろうねェ。祭壇さいだんが起動されれば、この三角大陸トライネントに住む全ての生態系と勢力図に多大な影響を及ぼすだろう。アタシは身をもって体感したことがある」


「リリニアさんはご存知なんですか? 起動された時のことを……」


 この質問は、できればしたくないと思っていた。

 バル様からあまり良い話を聞いていなかったから。


「ああ、一度だけな。あれは忘れもしない、百年と少し前……その時アタシはまだ・・50か60かそこらだったか」


「え、ごじゅ──えっ??」


「それまで三角大陸トライネントには全域に様々な種族がごちゃ混ぜに住んでいた。アタシのいた東の地域にも魔人と人間が共存していたよ。数こそ人間のほうが多かったがな」


 ボクは先ほど彼女の口から出た数字が頭に引っかかりつつも、深く考えないことにした。


「……昔は仲が良かったんですか。魔人と人間って」


「わたしたちにとっては、仲がいいイメージは無いよね」


「良くも悪くも、人それぞれだったさ。前々から魔人をうとましく思っているやからもいたらしいがねェ」


「そんなの人種の違いに限った話じゃないんじゃないの? ただ単に特定のやつが気に食わないってだけだったかもしれないじゃん」

 

 ミナミの反論に対し、リリニアさんは意味ありげに言葉を濁した。


「……アハハ。そんな単純な話だったら、どんなによかっただろうな」


「なんだって言うんです?」


「ま、やつらの言う”巫女みこの祝福”……つまり、祭壇の起動ががねとなって、過激なやからの”敵意”だけが一気に表面化しちまったのは確かさ。それ以上は知らないほうがいい」


 リリニアさんの苦い顔は、彼女がピンクのパジャマ姿ということを差し引いても、なお重苦しさを感じた。


「すみません、イヤなことを思い出させてしまって。”魔素マナ”への影響はどうだったでしょうか」


「そうだねェ。あの頃は今よりずっと濃く、活性化した魔素マナが大気中を常に循環していた。高度な魔法を扱うために、詠唱や触媒といった小難しい手続きが要らないほどだった。……だからこそ、人間の”数の力”が猛威を振るったのさ」


 “人間”という言葉に反応してか、ミナミはリリニアさんに負けじと苦い顔をしてみせた。


「でも、魔素マナを扱うのは魔人も一緒なんでしょ? その時みたいに魔素マナが活性化したら、マコが言うようにバルフラムを探せるかもってのは、確かにありそうな話だね。わたしの素人意見だけどさ」


「そればかりは、やってみないと何とも言えんが。……悪くない案だ。だがそれと引き換えに、再び争いが起きないという保証もない。リスクとリターンで言えば──」


「──リリニアさん!」


 ボクは思わず大きな声だした。

 この時ばかりは、何もかもかなぐり捨てて可能性に賭けたいと思ったから。


「……ハッ。愚問だったねェ。マコ、お前は三角大陸トライネントの人間を全員敵に回す覚悟はあるか?」


 リリニアさんの問いかけと同時に、後ろからぎゅっと手を握られた。

 振り返るとミナミが、ボクを勇気付けるように頷いた。


「はい!」


 迷うことはない。

 例えそれがボクのエゴだとしても、譲りたくなかった。それに──


「やだな、リリニアさん。じゃないよ。それに人間と魔人が敵同士になって争うなんて、このわたし……勇者ミナミが許さないから!」


 ああ──ボクが言おうとしたことは、先に彼女に言われてしまった。


「ヘェ、言うじゃないか。だが、どうするつもりだ? 起動にはどのみち、王国にある”天弓てんきゅう宝杖ほうじょう”が不可欠だ。あれを持っていないと祭壇に近づけないし、マコ一人で行ってどうにかなるもんじゃあないぞ」


「あっ」


「ノージェに頼んだらどう? やっぱり祭壇を起動したいから、その杖っていうの? 持って来てってさ」

 ミナミは軽い調子で、思いついたように言った。


「ううん。あんなことがあったばっかりで、信用してもらえるかな? それに一国の皇子を呼びつけるなんて……」


「なんだお前ら、何かやらかしたのか? ま、そこはアタシから声をかければ問題ないだろう。ノージェのヤツ、アタシのコト大好きだからねェ」


「そ、そうなんですか?」


「ああ……しかし、待てよ。ノージェで思い出した。アイツ、天弓てんきゅう巫女みこのことで気になることを言っていたな」


「ちょっと、脅かさないでくださいよ」


「いや、聞け。前代の天弓てんきゅう巫女みこは”祝福”の後にひどく衰弱したそうだが……。とある手記によると、その原因の半分は祭壇にあるらしい」


「え──」

 ボクは、急ブレーキを踏まれたような気分になった。

 そういえばバル様も言っていた。マリアさんは祭壇を起動した数年後に生涯を終えたと。


「……チッ。どうも引っかかるねェ。詳しく聞かなかったのが悔やまれるな」


「ノージェさんは、そんなこと一言も教えてくれませんでしたよ」


「アイツはへらへら笑って握手しながら、そでの下に毒針を隠し持ってるようなヤツだ。利用してもいいが、信用はするな」

 リリニアさんは冷ややかな口調でばっさりと言い放った。


「そ、そんな。けど確かに”あれは夢の装置なんかじゃない”とも聞きました。どのみち起動するにしても、祭壇がどんな理屈で魔素マナの活性化をもたらすのかは知るべきだと思います」


「アタシもそこまではわからないからねェ。なら、祭壇のからくりについて知ってそうなヤツを紹介してやろうか」


「へ? リリニアさんよりお詳しい人が居るんですか」


「正確には人ではなく、竜さ。三角大陸トライネントで最もながい時を生きる存在……”賢竜けんりゅう”だ」


 それを聞くなり、ミナミが目を輝かせながらリリニアさんにせっついた。

賢竜けんりゅう? うわ、かっこよさそう……! わたしも会ってみたいな」

 

「訪ねてみるといい。場所はシャルアロが知っている……というより、こいつの故郷だねェ。乗せてってもらいな」


 ボクの隣で、ミナミがぎくりと硬直する音が聞こえた気がした。


「──うッ。またシャルアロさんに、乗らなきゃだめ……?」


「ああ、だめだ。あの場所は標高が高いし特殊な磁場に覆われてるし、直接飛んで行くほか無いだろう」


「うう……わるい。シャルアロさんの背中のこと考えたら、胃の調子がぁ……」


 ミナミの目の輝きはあっという間に失せてしまった。

 シャルアロさんの乗り心地にそうとう参っていたらしい。


「ま、そうだねェ。祭壇に集まるまでは別行動でもいいだろう。賢竜けんりゅうは東の火山奥の秘境に棲んでいる。マコは祭壇のことを聞き出したら、その足で天弓てんきゅう祭壇さいだんまで来い」


「わ、わかりました。リリニアさんはどうされますか?」


「アタシは、ノージェに王国から天弓てんきゅう宝杖ほうじょうを持って来るように伝えておこう。それからミナミとバルフラムを連れて、西側から直接祭壇さいだんへ向かう」


「ごめん、マコ~……。そうさせてもらうよ」


 ボクたち三人は、同時に東の空を見た。

 この村は明かりが少ないおかげで、夜空に浮かぶ星々がよく見える。

 星と月に淡く照らされた空を縦に両断するあのシルエットが、天弓てんきゅう祭壇さいだんだ。


「北からはノージェさん、西からはリリニアさんたち、東からはボクが……天弓てんきゅう祭壇さいだんを目指して集まるわけですね」


「アハハ、しくもそうなるねェ。じゃ、そうだな……三日後みっかごだ。三日後に三角大陸トライネントの中心で会おうか。バルフラムを叩き起こしてやろうぜ」


「ええ! みんなで力と想いを合わせれば、きっとやれますよ」


 そう言ったのは、自分自身を奮い立たせるためでもあった。

 心の奥に、次元の狭間で会った女性のことがまだ引っかかっていたから。


『真実を知ることができるのは、巫女みこだけ』

 

 ボクが探す答えを、まだ見ぬ”賢竜けんりゅう”さんが持っていますように。

 今は、そう願うしかない。

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