第87話 凶刃と代償
どうして?
……どうして、どうして──何故、こんなこと……ッ!
「…………」
ボクは、もう動かない彼の
何のぬくもりも感じない。
「マコくん、彼は……何があったんだ? この爆弾は、人体には無害だった……はずだ」
目の前にいる、
「マコ……。バルフラムの首輪が……砕けたってことは、まさか──」
後ろにいる、親友の声。
ボクは返事をしなかった。
どちらも、曇りガラスの向こうから聞こえる、ただのくぐもった音でしかないから。
彼の
止めることはできず、ただただ沈黙が流れ落ちていく。
時を巻いて戻す
──
理不尽、だ。
彼が何をしたっていうんだ?
バル様はずっと、ずっと……本当は平和が欲しいと願っていたのに。
ノージェさん、あなたよりも、ずっと──!
「……ノージェ、さん……。あなたが、やったんですよ? あなたが……バル様を……ッ! うっ……うう──ッ!」
心の内側から感情がぐちゃぐちゃとあふれて、勝手に口から飛び出していく。
考えがまとまらない。まとまるはずがない。
「なんだって……?」
立ち上がり、憎き
自らの行いを自覚せず、
「知らなかったじゃ、済まされない……ッ! 済まされないんだ、あなたは──あなたがッ!」
自分の手の中でバチバチと魔力が
頰を伝った涙が、熱に巻かれて
今すぐ全てを燃やし尽くさないと。
行き場を失ったエネルギーが、ボク自身の身体を
「マコ、だめっ! 抑えて──」
ミナミに後ろから
「だって、この人が、バル様をッ……! 何がッ新たな時代ですか! あなたは、うそを──嘘ばかり……ッ!」
「マコくん……! 申し訳が立たない──いや、言葉では
その時、ノージェさんの背後にゆらりと立ち上がる
兵士たちはボクの瞳術で寝入っているはずなのに。
それは”鉄の仮面”で顔を隠した護衛騎士だった。
たしかジュリアスという名前の、ノージェさんの側近。
──いや。
その仮面には、見覚えがあった。
ボクは、仮面の男が
混乱で動きが止まった一瞬。
騎士は、岩のように重く落ち着いた声で言い放った。
「そうとも、無知とは最大の罪の一つ。……少女よ、お前が手を
ギラリと銀色の長剣が
「あぶないッ!!」
どうしてか、
「ッ!?」
──シュガッ!!
ノージェさんは素早く反応し、すんでの所で彼の斬撃を
この
「ジュリ、アス……!?」
「
これまでとはまるで別人のような雰囲気だ。
彼のことは、影のように
「……フフ、やはり君は……何か腹に
ノージェさんは
「そうとも。
「バル様の……? あなたは──何者ですか!?」
そう言いながら、ボクはいつのまにか怒りの
騎士ジュリアスはこちらを
「……
「し、四天王……? あなたが?」
つまり、フウメイさんやダイダロスさんと同じ、バル様の部下だったということ?
確かに彼は……ノージェさんの屋敷ではバル様の監視役だったし、氷の
バル様が拘束を受けても余裕を残していたのは、彼の存在があったから……?
「そう、
「ハハハ……これはよく喋るスパイだ。──う……がはッ!?」
──ぼたたッ……。
ノージェさんが口から血を吐き、地面に点々と痕を作った。特に斬られた様子はないのに。
「む……!」
「ハァ……ハァ……残念ながら、ジュリアス。君が手を下すまでもなさそうだ」
「そうか、”
「……フフ。あくまでも魔王の部下ということかい。この命ひとつで全てを
ノージェさんは息も
流血は止まらず、その足元には血だまりが広がりはじめている。
「貴方に、魔王が受けた痛みのわずかでも理解できればよいが」
「……君には理解できたのかい?」
ジュリアスはしばし沈黙してから、
「……我々人間には、
──ボクはどうして、事の成り行きを見守っているんだろう。
このまま彼が、ボクの代わりに
そんなはず、ないのに。
ミナミの祈るような
「やだ、やだよ、マコ……! ノージェが……あんなに苦しそうで、消えてしまいそうで……マコ、あなたが事故に
ボクは我に返った。
ジュリアスがもう一度、ゆっくりと長剣を振りかぶる。
ノージェさんはそれを見上げ、動こうとしないどころか──満足そうに目を
……だめだ!
やっぱり、こんなこと!
「やめてッ!!」
ボクは大きく手を広げて、
ジュリアスはピタリと動きを止めたが、振り上げた剣は降ろしていない。
「……少女よ、何故
「わかんないですよ……! だけど、こうしなきゃ……ノージェさんが、死んじゃうじゃないですかっ!」
「お前が
「代償……!?」
背後から答えたのは、ノージェさんだ。
「……身の丈に合わない魔力を扱おうとした
振り向くと……たしかに様子がおかしい。何か致命的な異変が起きているのを感じる。
まるで身体に見えない穴が空いて、そこから魂が漏れ出ていっているような。
空気を入れすぎた風船が、破裂してしまったかのような。
とにかく、
「……だけどっ! なんとかしないと!」
ノージェさんの身体に、両手をかざした。
大丈夫だ、ボクは……魔法が使えるんだ。それも恵まれた魔力を持ってるんだ──バル様のおかげで。
やったことないけど、他人の傷を治すことだってできるはず。ううん、できる……やるんだ!
──コオォオ……!
麻酔で痛みを和らげるイメージ、離れた細胞同士が手を繋ぐイメージ、癒しの光のイメージ。
それら両手に込めて、
「マコ、くん……」
「……黙っててください」
「……」
膝下がノージェさんの血でじわりと赤く染まった。
思えば
今までずっと、バル様が守っていてくれたからだ。
争いや血の流れることのない、平和だけを見せてくれていた。
ボクがこの世界を好きになれるように。
彼が好きになりたかった、この世界を。
……ノージェさんは、
たとえ、どんな仕打ちを受けていたとしても。
でないと、ボクは全てを嫌いになってしまいそうだから。
「──やめたまえ、少女よ。この罪人を生かしておいては、人間と魔人の今後の為にならない」
岩のようにどっしりとした声が、まるで
「どうしてそんなことが言えますか? ボクはそうは思いません!」
「……ならば、無理にでもどいて頂こう」
ジュリアスが、振り上げた刃をこちらに向かって降ろそうとする。
ボクはそれを避けなかった。
ミナミが素早く剣を抜いて、ボクの元へ駆けてくるのが見えたから。
──ガギィン! ギリリィ……ッ!
彼女の剣がジュリアスの刃を受け止めた。
「わたしに勇気をくれてありがとう、お姫さま」
ミナミの声には、元どおり力強さが戻っている。
「……お互い様だよ。勇者さま」
ギリギリと刃物が
ミナミとジュリアスの間で交差した二本の剣は、
「何者だ、お前は。この怪力……ただの
「名乗るほどのもんじゃないよ。ただの、
「馬鹿な──ッ」
──ギャリィッ!
ミナミがジュリアスの長剣を押しのけると、彼はバランスを崩して数歩後ろに下がっていった。
激しい衝突音に反応してか、周囲で
「ううん──」
「わ、おれ……眠っちまった!」
「おい、起きろ!」
「見ろ、血が──!」
これは……まずい。
ボクは今、ノージェさんの治療で手が動かせない──!
──スゥ……カチン。
ジュリアスは長剣を隠すように
その間に、起き上がったばかりの
血まみれのノージェさんを抱きかかえるボク。
兵士たちが、ジュリアスに声をかけた。
「騎士長、申し訳ありません! 術に
「ご指示を
どうやら彼らは、護衛騎士の凶行の瞬間を目撃していなかったらしい。
ジュリアスは兵士のほうを向かずに、誰へともない返事をした。
「……お前らの目には、どう映る?」
「は、はい?」
「
「わ、私には判断できかねますが──」
「……
「ヒッ!?」
ジュリアスの
彼らの手に握られた武器が、ひとつまたひとつと刃先を地面に降ろしていく。
「……そうか。これが……貴方が連れてきた少女の力か」
数分の間、周囲の兵士たちはジュリアスを含め一言も口を開かなかった。
ただ、ボクの手から発せられる癒しの魔法の光を眺めて。
いつのまにか、ボクをぐるりと取り囲む敵意の壁は消えてなくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます