魔王の記憶 4 マコ


 ──マコ。


 オマエはマリアではない。

 わかっているとも。


 だが、オマエと言葉を交わすたび、俺は……ひどくなつかしい気分になるのだ。

 明るい陽射ひざしに照らされているかのように。


 何故だか、ワクワクしてくるのだ。

 生まれたばかりの純粋だった自分を取り戻したかのように。



 シャルアロの背に乗り、オマエが初めて天弓てんきゅう祭壇さいだんを見た時のことだ。

 俺は、この時はじめてオマエの前で人間への恨みをこぼしてしまった。

 

「一部の心無い、濁った目をした人間の行いで、世界が歪むのを見過ごしたくないだけだ。その一部がこちらに銃口を向けたなら、俺はその周りごと焼き払うのを──躊躇ためらわないだろう」


 オマエはまだこの世界ニームアースに来てすぐで、不安ばかりだったはずなのに。

 正面から俺の言葉を受け止め、真摯しんしに向き合ってくれたな。

 

「その時は、ボクも一緒に考えたいです。どうすれば、銃口を降ろしてもらえるか。どうすれば……世界が歪まずに、手を取り合えるかを」



 俺の中に、何かがこみ上げた。


 

 もし、マリアが居たなら。一目でも会えたならば。

 そう言ってほしかった。


 人間も魔人も、関係ないと言ってほしかったのだ。



 次は、ニアルタの宿。

 よく星が出た涼しい夜だった。


 「こんばんは、バル様」


 オマエが俺のほうへ自然に近づいて来た時。

 俺のことを恐れていないとわかった時。


 魂の内側で、冷えて固まっていたものが溶け出すのを感じた。


 

 マコ、オマエには知るよしもないだろう。

 俺にだって、すぐには自覚できなかった。


 俺の元に来た”転生者てんせいしゃ”たちの一人としてではなく、俺はいつしかオマエ自身にかれはじめていた。

 こんな感覚は、百年近く生きても覚えがないものだ。


 しかし、駄目なのだ。


 俺は、そのような感情を伝えるすべを持っていないし──

 伝えるべきだとも思わない。



「月が綺麗だなァ、マコ」


「あっ……そ、そうですね」



 オマエは何も知らなくていい。俺が抱えるものなど、何も。




 オマエがリリニアに連れ去られた時のことも、よく覚えている。

 ひと晩中走り通し、やっと再会できた安心で、俺は……オマエを大切におもい始めていた気持ちを隠しきれなかった。


「ここを目指して走ってくる間、俺は──恐ろしかった。もし、オマエにもう会えなかったらと思うと……!」


「ボクは……バル様にお礼を言わずにいなくなったりなんか、しませんよ」


 オマエは言ってくれたなァ。

 いなくなったりなんかしないと。


「わかっている──オマエは、そういうヤツだ」


 俺はそれが嬉しかった。

 心の奥がほどかれるようだった。



「人差し指を出してください、バル様」


 オマエと繋いだ指が、”きずなの魔法”でほのかに輝いた時。

 俺に”信頼しんらい”をそそいでくれたとわかった時。


 もしかすると俺は、今になって”生まれてきた意味”に出会えたのかもしれないと思った。




 ある早朝、空飛ぶ帆船はんせんから朝日を眺めていた時のことだ。

 甲板に上がってきたオマエに、俺はますます見惚みとれた。

 風になびいて輝くオマエの髪、薄く色づいた頰、俺を見上げる瞳、全てが愛らしい。


 オマエを”カワイイ”と思う気持ちよりも、”いとしい”と思う気持ちがますます膨らんでいった。


 だが、俺にその資格はあるのか?

 オマエを抱きしめた時、俺の内に抱える”ゆがみ”がオマエを傷付けたらと思うと──怖かった。



「……マコ、オマエは生まれてきた時から、そいつが何故生まれてきたのか、決まっていると思うか?」


「もし、決まっているとしたら……それは”運命”と呼ばれるものなんでしょうね」


「……”運命”は、あると思うか?」


「ボクは……自分の人生は、自分で決めていると思っています」



 ──そうだな。そうかもしれん。

 俺は難しく考えすぎていた。

 自分の意味は、自分で決めるべきだよなァ。

 


 それでも、もしも許されるのなら……。


 オマエの”運命”に、俺はなりたい。



 マコ。

 オマエがいたから、再び人間を信じてもいいと思えた。


 闘技場コロッセオの舞台の上で、オマエは身体を張って俺を止めてくれたな。

 オマエよりも強い老魔術師と、この俺の間に割って入ったオマエは……その場で誰よりも強い”心”を持っていた。


「どうした、はよう撃ってこい! 人間と魔人が相容あいいれないことを証明してみせろ!」

 

「クハハ、証明するまでもない。答えは決まっている。やはりこうするのが、俺の性分しょうぶんに合う」


「バル様! 変わるときだって、言ったじゃないですか……! 話し合いましょう!」


 あの時オマエがいなかったら、また延々と人間を呪い続けていたかもしれない。

 オマエのおかげで、俺は変わる事ができると思った。


 いや、既に変わり始めていたのだ。……何もかもが。



 ノージェの屋敷でのことだ。

 マコに向かって光を放つ”天弓てんきゅう宝杖ほうじょう”を見た時、俺は確信した。


「ああ。この杖が最後に使われたのは、百年以上前。先代せんだい天弓てんきゅう巫女みこ、”マリア・ルージュ”が祭壇さいだんを起動した時さ」


「マリア──ここに、居たのか」


「バル様……? お知り合いなんですか、えーと……マリアというお方と」


「ああ、よく知っている。……マリアは俺の、"名付け親"だ」


 ──そうだ。

 よく知った”波動”だった。


 天弓てんきゅう宝杖ほうじょうは、巫女みこの魂と共鳴する働きがあるらしい。

 だからこそ杖自体が近しい波動を持ち、巫女みこを引き寄せる。ただのそれだけだった。


 俺がずっと追っていた”マリア”は、もう居ない。

 その事実がすとんと落ちてきて、不思議と納得できた。


 いま、俺のそばには”マコ”が居る。

 それでよかった。

 それが今の俺にとって喜ばしいことであり、もう追いかけていた”過去”は必要なくなった。


 “シアワセ”とは、こういうことなのか?

 百年生きても理解できなかったことが、わかりはじめてきた。


 マコ。

 オマエは、オマエが思っているよりもずっと、俺に沢山の事を教えてくれているぞ。



 だから俺は、もっと見せて欲しいと思ったのだ。

 オマエがくれた新しい世界を。



「考えたのだ。マコがノージェの考えに賛同するなら、俺は……それを止めるつもりはない」


 そして、ゆだねたかった。

 オマエが手を取り合えると言うなら、心からオマエを信じることで。



 ……だが。

 次にノージェの目を見た時、俺は嫌な予感がしたのだ。


 おのれの意思を殺し、どうあっても皇子おうじの立場に殉じる。

 与えられた役割を演じるその姿は、かつての自分を見ているようで俺は……苛立いらだちを覚えた。


 更には、目的を遂げるためヤツはオマエの想いすら捻じ曲げようとした。


 奇妙にも憎くは思わなかった。

 それよりも俺は、心配になったのだ。



「信じたかったのに……ッ!!」


「マコくん……! キミに打ち明けた全てがいつわりだったとは言わない。キミに親近感を持ったことは事実だし、最後までキミの意思を尊重そんちょうしたかった」


「もう、いいです。──ありがとうございました、ノージェさん」



「マコ、待てッ!」


 ──オマエが人間に対してうらみを抱いてしまうことが、恐ろしかった。

 それこそ、繰り返しだ。呪いの連鎖など俺は望まない。


 俺のようにはなっては駄目だ。

 魔王など、ろくなもんじゃない。



 しかし、オマエは俺が思っていたよりもずっと──強かった。


「……参ったね。まさかキミ一人に部下のほとんどを無力化されてしまうとは」


「マコ、驚いたぞ……! いつの間にそこまでの魔力を身につけた!?」


「二人のおかげだよ。ボク、わかったんだ。大切なモノと守りたいモノが何かって。だから強くなれたんだと思う」


 ああ、そうか。

 それこそが、俺がずっと求めていたモノだった。


 俺が抱きしめるよりも先に、オマエはいつのまにか俺の”歪み”を解き放ってくれていたのだな。


 オマエが求めてくれたからこそ、いま自分自身を許すことができた。


 もう、オマエが居ないとだめかもしれん。

 オマエと共に、これからもあゆんでいきたい。

 

 ──マコ。


 やはりもう一度、伝えよう。

 このおもいを。


 俺は、ようやく"意地っ張り"をやめられそうなのだ。

 


 オマエはどんな顔をするだろう。

 きっと、最初に言った時とは違って──



 マコのはにかむ顔を想像し、気を緩めた瞬間だった。


 ノージェがまだ何か企んでいることに気がついたのは。



「悪いが最後の手段にとっておいた”コレ”で……その霊水エーテル装具そうぐの髪留め、破壊させてもらう」


「マコ、下がれッ!!」


 オマエを護らなければと。

 考えるよりも先に、身体が動いていた。



 ──カッ、ピシャァン! ドドド、ゴォッ……ン!!


「うあッ!?」



 ──ッ!!

 これは……なんだッ!?


 首輪が、バラバラになっていく──!

 

 霊水エーテル装具そうぐを破壊する爆弾だと──!?


 まずいと思った時には、もう遅かった。

 以前ならビクともしなかったろうが、ここ数日で既にヒビ割れが進んでいたのが命取りだ。


 首輪の内側にとどまって肉体と繋がれていた俺の”魂”は百年ぶりに外気にさらされ──

 今度こそ空中に投げ出された。


 自分の魂が、大気と魔素マナに溶けていく。霧散むさんしていく──




 俺は──俺の自我は……死ぬのか? 

 

 残されたマコたちはどうなる……?



 マリア……俺を置いていったオマエは、こんな気持ちだったのか……?



 ……俺、は……ッ!!





「──、様……?」



「……うそ? うそですよね……──様。……やだな、おどろかさないでくださいよ──」



「ねえ……──!!」



 

 ────。



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